第29話 円に戻る日
今日は9時ごろに目が覚めた。
眠たくて寒い朝だったが、久々に心が軽く、晴れやかな気分だった。
布団の上で寝転びながら、ぼーっと動画を流す。
それだけで満足できる朝だった。
12時前、突然ラーメンが食べたくなった。
歩いてすぐのところにある黄色い看板の店——帰省前にどうしても食べ納めをしたかった。
健康のことを考えると良くないのだが、今日は気分に従った。
ラーメンを食べ、近くのスーパーで少し買い物をする。
冷蔵庫の中身を思い出しながら、最低限の食品と飲み物だけを買った。
家に戻ると13時過ぎ。
この時期になると、「やらなければならないこと」が減り、「やったほうがいいこと」のほうが増えてくる。
色々と考えた結果、とりあえず休むことにした。
後回しではあるが、やれたらやればいい。そんな軽さで良かった。
以前なら、空いた時間は不安の温床だった。
だが今は、何か考えていてもすぐ忘れてしまうほど、どうでもいいことばかりだった。
気づけば16時になっていた。
洗い物をし、シャワーを浴びる。
金魚の水槽は水曜日の朝に掃除すれば間に合う。
明日にでもカルキ抜きをしておこう。
土曜日の演習のノート作成も今週中にはやらなければならない。
今日の英語の勉強会も進むだろう。
ある程度は対応できるはずだが、念のため準備をしておくことにした。
16:30から1時間ほど英語をやるつもりが、2時間経っていた。
それで気力が切れ、研究計画書を書く気になれなかった。
脳を休めるため、部屋の片付けを少しした。
19時過ぎ、片付けが終わった瞬間、不安に支配される感覚が襲ってきた。
——また、この感覚だ。
緊張の糸が切れる瞬間。
今日の勉強会が億劫なのだと思いたかった。
だが、それ以上に大きな不安がある気がしていた。
それでも、「この勉強会さえ乗り越えれば平常に戻る」と信じて時間を待った。
20時になり勉強会が始まる。
発音は指摘されたが、訳文については概ね良かったと言われた。
頭が冴え、調子が良く、気分が上がった。
終わるのは21時頃だが、今日は21:30過ぎまで続いた。
——今なら研究計画書が書ける。
そう思った瞬間、勉強会が終わった途端、脳が焼き切れたようになった。
激しい頭痛。
その瞬間、昔の記憶が蘇った。
あれは2〜3年前、秋の頃。
彼女と半同棲をしていた時期。
あの頃、彼女の方が僕よりずっと愛情を注いでくれていた頃。
お互いに余裕がなく、僕は研究に没頭し、彼女はそれに耐えられず怒って家を飛び出した。
追いかけて、生々しく、そして不器用に仲直りをした。
あの出来事以来、僕は研究にのめり込みすぎるのをやめた。
でも今は違う。
彼女はいない。
だから、思う存分研究ができる。
だが、脳が途中でショートしてしまう。
制限がまだ残っているのだろう。
教授たちは、その“制限”に気づいていたのかもしれない。
研究テーマは生涯の伴侶のような覚悟を必要とすると釘を刺された。
「君の研究は趣味で終わりませんか」と言われた。
あのときの僕には覚悟がなかった。
だが今日の僕には、確信がある。
反論できるだけの自信がある。
いや、今日の僕というより、これからの俺に覚悟がある。
今の脳は筋肉痛のようなものだ。
続ければ、慣れれば、俺ならできる。
そう確信した。
昨日、僕は「欠けている」と書いた。
その欠けは恋愛だと思っていた。
だが実際は、自分の能力に自分で制限をかけていただけなのだ。
最大限の力をまだ使えていなかった。
今日の確信と満足は、自分の円がほぼ元の形に戻ったからだ。
僕は勉強をしている時、哲学を考えている時に安心する。
俺は勉強は嫌いだが、仕事は好きだ。
役割があることに安心し、満足する。
研究が仕事になるという感覚は、僕と俺の統合に近い。
清々しい気分だった。
頭は痛い。
今日はここでやめておこう。
でも、幸せだった。
明日は午後からバイトだ。
ゆっくり休もう。
きっと明日も、自分は進化できる気がする。
毎日前進している気がする。
嬉しい。楽しい。




