第28話 欠けた円の一日
今日は7時過ぎに目を覚ました。
とても寒くて、布団から出られなかった。
出る必要もなかったから、そのままベッドにいた。
それから——確かに起きていたはずなのに、気づけば17時だった。
11時過ぎまで何をしていたのか、記憶がほとんど抜け落ちている。
思い出そうとすると頭が痛くなる。
ただ、昼ごはんを食べた痕跡がある。
唐揚げと野菜と白米、味噌汁。
普通の食事だった。
食べたのは12時過ぎだろう。
時間も、食べ終えた瞬間も、ほとんど覚えていない。
帰省の準備が進んでいた。
キャリーケースに荷物が詰められていたから、午前中にやったのだと思う。
午後は何もしていない。
横になったり、座ったりしていた気がする。
普段なら何かしら考えている時間だが、今日は記憶の“形”が残っていない。
その瞬間瞬間は何かを考えていたのだろうが、まるで夢のように溶けていった。
それでも、確かに自分は存在している。
肉体はここにあり、意思もある。
ただ——脳のどこかが部分的に停止しているような感覚があった。
いつもの“部分消しゴム”ではなく、突然“全面消しゴム”で消されたような欠落。
俺はいつも時間を気にしている。
だから本来なら、時間の流れは常に意識しているはずだ。
だが今日、一日の感覚は歪んでいた。
僕にとっては時間が進まず、
俺にとってはただ「有限の時間」が過ぎていく。
不安は“瞬間的なもの”のはずなのに、
今日の僕にはそれが“長く引き伸ばされた何か”として感じられた。
時間の連続性とはこれほど奇妙なものかと、考察したくても頭が回らない。
思考を働かせると頭痛が走る。
靄がかかったような、すっきりしない感覚だけが残る。
ぼーっと動画を流しながら横になっていた。
気づけば20時。
ルーティンのようにキャンドルに火をつけ、シャワーを浴びた。
上がる頃には部屋には甘く落ち着く香りが満ちていた。
なんだか、自分が欠けているようで、
しかしその欠け方が“自分本来の形”であるかのような不思議な安定感があった。
安心ではない。
もっと硬質な、“輪郭としての安定”だ。
俺は理系科目が好きだった。
数学では図形、理科では天文。
今の自分はほぼ“正円”のような輪郭を持っていると思う。
しかしその一部がくり抜かれ、三日月のように欠けている。
あるいはベン図の A のみが残っている状態と言えば近いかもしれない。
恋愛はベン図だ。
A(自分)、B(相手)、A∩B(関係性)。
A のみなら安定する。
A∩B があるなら安心する。
今の僕は、A が戻ってきて安定しているが、
安心を与えてくれる A∩B の部分が欠けている。
だから安定しているのに不安、という矛盾が生じる。
それを考えられる程度には脳は回復した。
ただ、まだうまく言語化できない。
万全ではない。
僕が他人に依存していた“名残”は、今の自分にもある。
だからどこか不安なのだ。
安定しているのに、不安。
満たされているのに、空白。
その理由が少しずつわかってきた。
日に日に自分が形成されている感覚がある。
滑らかな円ではない。
今年一年で、自分は確かに変化した。
どんな出来事だったか詳細までは思い出せないが、
彼女と別れたこと、振られたこと、友達に助けられたこと——
事実だけが断片的に残っている。
まだ12月上旬だというのに、一年を振り返るような気分だ。
彼女との思い出はほとんど思い出せない。
しかし、それでいいと思う。
今日ももう終わりだ。
脳のためにも、早めに休もう。




