final story
最終話です。
その後、現在倒れている嫁の代わりにセオドールが状況を解析した。自分はノエルやエリザベスほど優秀ではない、と言い張る彼であるが、ザラの目には同じくらいすごい人に見える。
彼曰く、今回のことは、強化魔導師、特に人造人間ともいえる強化魔導師他の運用テストを行ったのだろうと言うことだった。つまり、エリザベスが陽動デアルと呼んだものも、目的であると睨んだ王女たちへの襲撃も、その運用テストの一環でしかなかったと言うことだ。迷惑な話である。
どれも、『成功したらラッキー』くらいの気持ちだったのだろう、とセオドールがため息交じりに話していた。
とりあえず、研究所は探すことになった。アーサーが女王になってからはその手のものの取り締まりは強化されているのだが、それでも追い付かないと言うことか。
まあ、この辺りはザラにはあまり関係がない話である。書類は上がってくるかもしれないが、どちらにしろ書類上の出来事である。ザラにとっての大問題は、職場よりむしろ家庭にあった。
「初めまして。サイラス・ジェンキンスと申します」
「まあ、お会いできてうれしいわ。わたくしはマーガレット・ノーリッシュ。ザラの母です」
「ザラから聞いています。私も、お会いできて光栄です」
駄目だ。二人ともよそ行きの顔で笑えてくる。笑っちゃだめだから耐えるけど。
そう。ザラはついにサイラスを王都の屋敷に連れてきたのである。まあ、エリザベスが戦線離脱していることでサイラスは忙しいので、仕事終わりの夜になったけど。
ちなみに、ザラはサイラスの長兄とは宮殿内でばったり出くわしてしまった。じっと見つめられて、いきなり泣き出した時はどうしようかと思った。宮廷官吏は変な人が多いが、たぶん、今まであった中で一番変だった。
弟のサイラス曰く、「兄は情緒不安定なんだ」とのことだった。たぶん、まじめすぎてちょっとおかしくなってるんだと思う。
と思ったら、サイラスに「あの人はもともとおかしい」と言われた。最近、ザラには『おかしい』の条件が良くわからない。
「さしたるおもてなしもできないけれど、どうぞゆっくりしていらしてね」
「ありがとうございます」
母がにこにこし過ぎていて怖い。というか、普通、ゲストが男性の場合は男性のホストが対応するものだが、残念ながらノーリッシュ家の男性は子爵たるザラの父しかいない。
と言うわけで、母娘でサイラスの歓待と言うことになったが、テンションの高いマーガレットに対して、サイラスは落ち着いた様子で答えている。ザラはほぼ無言である。
うん。この状態だとサイラスの適当感がわからない。まあ、適当であっても仕事はできるから問題ないのだろう。ただ、日々適当だから今追い詰められている感があるけど。
「それで、サイラスさんはうちの娘とどうやって出会ったのかしら?」
「って、普通に仕事場同じだし」
ザラはたまらずツッコミを入れた。最初の出会いは、確かに仕事上だったし。っていうか、そう言えば、なんでこんなことになったんだっけ。いや、ザラのせいだけど。ザラがお見合いを断るために好きな人の名前にサイラスをあげたからだけど!
「……まあ、そうですね。仕事で一緒になるようになって、気があったと言うか」
サイラスが適当にはぐらかした。普段適当だからかこういうはぐらかし方がうまい。
「でも、この子、ちょっと変わってるでしょう? 迷惑をかけたりしていないかしら」
「言うほど変わっていないと思いますが……まあ私はそう言うザラが好ましいと思っているので」
思わず、母の前だと言うのにザラは顔を両手で押さえた。異様に恥ずかしかった。マーガレットも「まあ!」などと言って驚いている。
サイラスを見送ったあと、マーガレットがザラを小突いた。
「いい方じゃない、サイラスさん」
「まあ、普通にいい人だよ……」
「あなたの代でノーリッシュ子爵家は終わりかと思ったけど、大丈夫そうね」
安心したわ、お父様にいい報告ができる、とマーガレットが喜んだ。ザラは何となく、外堀が埋められて行っているなぁと漠然と感じていた。このままでは引き返せなくなる。
「と、思うんですけど」
と、以前約束していた動物園にサイラスと一緒に訪れたザラはサイラスを見上げて言った。ザラが小柄なので、見上げると首が痛い。
「……まあ、私もそんな気はしているが、別にいいかなとも思う」
「そんな感じで流されていくのでしょうねー」
ザラがため息をついた。ザラも「まあいいか」と思っている辺り、仕方がない話である。
「正直私は、そちらにかまっている余裕がないからな……兄もこのまま話をまとめてしまいそうな気がする」
「サイラスさんが忙しくしているうちに?」
「そう言うことだな」
サイラスのお兄様、変わった人だがやはりできる男なのだろう。マーガレットもいるので、包囲網は完璧だ。逃げられない。
いや、たぶんザラが本気で嫌がればマーガレットは無理に進めない。でも、ザラは嫌がるつもりはないので、たぶんこのまま調子よく進んでいくのだろう。
「あ、赤ちゃんコーナーがある」
ザラはサイラスがついてくるのも待たずに動物の赤ちゃんのいるところにかけていった。ライオンの子供が飼育員からミルクをもらっていた。
「かわいい~。猛獣だって言いますけど、ただのでっかい猫ですよね、猫」
「そう言ってのけるお前はすごいな……」
サイラスはちょっと呆れた様子だった。いいじゃないか。まだ子供だし、生き物の赤ちゃんと言うのは、たいてい可愛いものだ。
「……結婚したら、猫でも飼うか」
「……えっと、どこからつっこめばいいですか?」
結婚すること前提なのか、ということか、猫を飼うのは結構大変だ、ということか。
……まあいいか。ザラはポジティブに考えることにした。
「できればもふもふした子がいいです」
「お前が世話をするならな」
サイラスに突っ込まれ、「しますよ」とザラは笑った。ザラも一緒になることを前提で答えている。本当に、もういいかな、と言う気がしたのだ。本人たちの間にも問題はないし、家同士でも問題ない。じゃあもういいじゃん。
そう言えば、誰かに言われた気がする。伝えられるときに言わないと、後悔する。誰に言われたんだったか。そんなようなことを言われた気がする。
先達の言うことは聞いておくものだ。うん。そう思ったザラは、サイラスを見上げて不意に言った。
「私、サイラスさんのこと、好きですよ」
「……突然なんだ」
「いや、誰だったかに『言える時に言わないと、後悔する』って言われたような気がして」
「……」
サイラスは微妙な表情を浮かべた。返答に迷っている様子だった。
「……私も、ザラのことは好きだ」
「……まさかそう言ってもらえるとは思いませんでした」
ザラもちょっとびっくりした。サイラスからそんな言葉を聞けるとは。
だから、これでいいのだと思う。失って後悔するよりは、手に入れたほうがいい。
「ザラ、おなかがすかないか。少し休憩しよう」
「は~い」
サイラスの提案に賛成しながら、ザラは彼と手をつないでみた。ぐっと握り返されて、ザラは笑みを浮かべてサイラスを見上げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
無事に簡潔いたしました!お付き合いくださった皆様、ありがとうございました!
本当は、真面目すぎてちょっとおかしいサイラスの兄も出したかったんですが、私の力量では無理でした……。