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後編




 100戦目は毒針VS刺繍針、101戦目は夜会に向かう馬車を暴走させてみた。


 相変わらず全くもって彼女は意味不明だ。

二ミリ程の太さの針を、あのやたら短い刺繍針でどうやったら受け止められるのかが分からない。


 馬車での事だって、さすがにあの格好で逃げられはしないだろうと崖の上から木っ端微塵になった馬車を見下ろしていたら、いつの間にか彼女が隣にいて、絶景ねと感嘆しつつ一緒になって崖下を見下ろしていた。


 絶景なのは絶妙な具合に裂けたドレスの裾から大胆に覗く貴女のお御足ですと叫びたい。


 そんな、腕利きの暗殺者たる俺の誇りを粉々に打ち砕くような神業・超人的身体能力を魅せながら彼女はやはり、自分は公爵令嬢でそれ以上でもそれ以下でもないと言う。

彼女の趣味が刺繍と読書で、内向的な令嬢だと断じたあの頃の自分を殴り付けてやりたかった。



*****



「お嬢様は何故俺をお傍に置こうとお考えになられたのですか?」



 真夜中。

北の森の奥深くにひっそりと佇む狭い小屋で、俺は煤けた暖炉の火を囲みながら彼女に訊ねた。

秋になったばかりだが、この辺りの夜はどうも冷え込む。


 みすぼらしい小屋にいるのは、どうせ殺せはしないだろうが嫌がらせのつもりで俺が彼女をここに運び込んだからだ。

勿論、彼女だけを置いて俺はずらかろうとしたのだが、彼女に襟首を掴まれ、こうして無理やり付き合わされている。


 それならこの好機を逃すまじと常時携行している毒薬スパイスでもって野草や狩ってきた野性動物を調理してやれば、彼女はせっかくのフルコースに一切手を付けず、ご自分で鳥やら猪やらを仕留めてこられた。

せっかく腕によりをかけたのに無念だ。


「そんなの、いじり倒して弄んであげる為に決まっているじゃないの」

「それは残念ですね。俺はどちらかというと嗜虐趣味なものでして。非常に不快です。やめていただけませんか?」

「あら、だから愉しいんじゃないの」


 あっさりと俺のお願いを却下して美しい顏に微笑を浮かべる彼女はただのサドを通り越して鬼畜だった。


「でもそうね、こうして連れ出してくれた事は少し評価してあげてもいいわ。ずっとあのお屋敷では息が詰まるもの」

「お褒めにあずかり、大変光栄に存じます」


 肩を落とす俺を励ますつもりなのか、褒めてくる彼女はやはり頭がおかしい。

自分を殺そうとしている人間を褒めてやる令嬢が他にいったいどこにいると言うつもりなのか。

棒読みながら、一応の礼はとっておいたけれども。



「たまには私からも訊いていいかしら? ……そうね、今日という日の記念に」

「ええ、そうですね。今夜の空は分厚い雲がかかって星ひとつ見えないほど素敵に淀んでいますからね」


 そうして投げやりな気持ちででたらめに応える俺に、何の気紛れか彼女は初めて質問をした。

……いや、それは質問というより提案だった。


「貴方、私専属の護衛になる気はないかしら?」

「は?」

「組織をやめて、私の下に入らないかって言ってるのよ。うちはお金もあるし、普段は私の傍にいるだけで、たまに押し寄せてくる刺客たちやならず者たちを撃退してくるだけでいいから楽よ?」


 さらっと彼女はとんでもない事をのたまう。

刺客たちが押し寄せてくるとは、いったいどれだけ命を狙われるほど恨みを買った人物に心当たりがあるのだろうか?

彼女の護衛になったら楽どころか、今より絶対に忙しくなると思う。


「……数々の疑問点はさておき、とりあえず一言宜しいでしょうか? お嬢様に護衛は必要ありません!」

「もしもの時の為の保険よ?」

「そんなもの必要ありませんよ。先程も、睨み一つ……いえ、笑顔一つで猪が回れ右をして逃げ出したじゃありませんか。そんなご令嬢、世界中探しても他にいませんよ」

「細かい事はいいじゃないの」

「細かくありませんよ! 組織を裏切れば、俺だって命を狙われるんです!」

「あら、私を狙う刺客と纏めて一掃すればいいじゃないの?」

「そういう発想が既に良家のご令嬢らしく無いんですよ!」

「ふふっ、照れるわね」

「褒めてませんから!!」


 俺の叫び声と、パチパチと薪の上機嫌に燃える音、そして彼女の高笑いが奇妙キテレツなハーモニーを奏でる中、夜明けの時は刻一刻と近付いていた。




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