制裁探偵事務所―終― 『幸福はどこへ』
「んん・・・なるほど、中々動きやすい体ですね。あらかじめ、『私の人格』を埋めておいて良かったと思いますよ。まぁ・・・多少の障害は、ご愛嬌ということで許しておきますか」
目の色が変わる。という。
今の彼女は、今までの彼女に比べ、『世界を知った』ような人間となった。
「齋藤―― 樹ィィ・・・」
「祖父の名前をそんな風に呼ぶのですか? 全く・・・。貴方の将来に期待した私が馬鹿だったようですね」
恨めしそうにその名を呼ぶと、彼は、まるで聞いていないかのように、嫌味と皮肉をありったけ混ぜて、言葉を返してきた。それが、英雄のハートに火を点けた。
一心不乱に撃破を求め、横目でこちらを見る黒幕に対し、若き獅子の様に、気高く襲いかかる。
「・・・はぁ」
ひょい、と体を反らし、その攻撃を避ける。同時に、攻撃を外されバランスを崩した英雄の足を掬い、首に肘を当て、押し倒した。
「動きやすい。と言ったのは伏線なんですが、気づきませんでしたか? なるほど経験が少ない・・・。まだまだ青二才ですか。少し残念な気がします。『新世界』への最後の障害が、貴方のような若造だというのは」
「ぐっ・・・」
地面に押し付けられ、物を言うのも苦しい状態。だが、それでも英雄は、『終わり』を仮定しなかった。いつまでも、『続き』を夢見ていた。
『奇跡を起こす』。その行動は、まだ出来ない。
『想い』は、一つだけなんだ。
「このまま地面に押し付けられた状態で死ぬのは嫌でしょうから、どうせなら経験したい死に方とかありますか? 焼死とか、胡蝶蘭でしたっけ? 心臓の動きを弱めて、静かに死ぬことができる物は・・・。どうせ『世界は終わる』んですから、これくらいの出費は大したことじゃないので、遠慮せずに申し上げてください」
「・・・・・・」
英雄は、時間が欲しかった。考える為の時間。
奇跡は、何に起こせばいい?
「・・・・・・あんたは」
それを導き出すために、彼は、知りたくもない事を聞いた。
口を、開いた。
「なぜそこまで『新世界』にこだわるんだ? この世界に絶望でもしたのか? それとも・・・」
「聞きたいですか? んん・・・。貴方が知っている『齋藤樹』と、今この体に宿っている『私の人格』は、あくまでも、保存した時点での『私』。ですから、ご期待に添えられるかどうかわかりませんが、まぁ、一興とすれば中々に面白いことでしょう。教えてあげましょうか」
幸い、彼は、その釣り針に引っかかってくれた。
少し、安心できる。
「私が、今ある世界を変えようと思ったのは、『生まれてから』でした」
唐突に始まったが、それが理由で理解できないわけではない。
誰しもが耳を疑う事だろう。
「私は、望まれて生まれた子供では無かったのでしょう。なので、生まれた瞬間、その白くて大きな手と、私を殺そうとする刃物が見えた覚えがあります。その後に見た情景は、潰れた医師の姿。聞いた声は、部屋を呆然と見ていた看護師の、我に帰ったときの悲鳴。耳障りだったので潰しましたが・・・。そこから、私の生まれた世界は、『間違えた世界』だと悟りました。黒崎紅音・・・。彼女を作ったのは、私の心の隙間を埋めて欲しかったから。仲間は居ても、感情を共有できる人間は居なかった。だから、同じ境遇に合うように、『絶対に幸せになれない』人間にして、作ったんですけどね・・・。貴方という人間は、どこまでの愚かで、無情なんですね。最後の最期で、『幸せ』にするなんて。『幸せ』は、持続的に得られて、初めて効果をなすものでしょう? それを、瞬間的に―― ましてや、死ぬ直前に、あなたは彼女に与えたのですよ? 意味がわかっていますか? 私は、彼女とは違い、貴方に心を動かされたりはしません。私は、強い意志を持って、ここに居るのです。だから、『世界を変えてやろう』とした。『間違えを正解にしよう』とした。『正解の世界』・・・。それが私の求めている『新世界』です。だから、成就するまで、死ぬわけにはいかない。幸せを手にするまで、死ぬわけにはいかないんです」
悲痛な叫びだった。ましてや、自分の祖父(認めたくはない)がここまで悲痛な思いをしてきたのだという事を初めて知った。
だから、自分の無念に、英雄は涙を流した。
だが、耐えなくてはいけない。『彼女』の『想い』は、受け継いだのだから。
「笑わせてくれる」
その場の第一声は、その言葉。
彼は、目を細めて、無言で肘の力を強めた。
「ぐっ・・・。はっ、何が、『正解の世界』だ。何が共有する仲間だ・・・。お前は、ただ世界を都合の良い様に振り回していただけじゃあないか!」
「・・・・・・」
彼は、何も言わない。英雄の言葉を、真に受け止めている。
「いいか・・・。俺が今から行う『制裁』は―― 作り出された彼女のための制裁だ!! 俺は、彼女を作り出したお前達を許さねぇッ!!!」
彼が口を開く。英雄を、見下ろしながら。
「手前勝手なのはどちらの方だ! 貴方の言う言葉は、あの医師が私に向けた凶器とよく似ている! 境遇が恵まれているからこそ―― そんな能天気な言葉が使えるのだ!」
その言葉を聞いて、英雄が動いた。
地面と体に挟まれていた自分の右腕を出し、自らの首を抑えている腕を、力強く、握り締めた。
「――― !!」
「変われるんだ、人生は」
「なん、だとぉ!!?」
彼が激昂する。無理もない。『それが出来ないから』彼はこうなったのだから。
その言葉は、今の彼の全言動を、否定するものだった。
「甘ったれたことを考えてんじゃねぇぞコラぁ!!!」
握りしめた手に、ありったけの力を込める。
ぐぐぐぐ、と、次第に彼を押し上げていき、遂に立ち上がることができた。
手を開放し、真正面に悠然と立ちはだかる。
「お前は、『人の幸福』の見方を間違っている」
静かに口を開く。静かだが、はっきりと、確かに言う。
「『幸福』を手に入れるってのは、自分で出来るものじゃねぇんだよ」
「・・・・・・」
「お前の言う、持続的な『幸福』は、必ず、傍に誰かがいないとだめなんだ。分からないか? 『孤独』の寂しさが」
彼は、それを嘲笑う。
「私は、小学校の国語の授業を受けているわけじゃないんだ。そんな幼稚な事がわかって何になる?」
「『人間』になるんだ――」
その時に放った一発の拳は、今まで彼が味わった事のない重みを含んでいただろう。
「『仲間』になるんだ。『孤独』を知れば、『幸福』を知る。『幸福』を知る者は、どんなに幼稚であろうと、立派な『人間』なんだ」
「・・・ならお前は、私を人間じゃないというのか?」
「ああ、そうだよ」
英雄は、そう言いながら、『彼女』の体の首を、細く白い綺麗な首を両手で覆い、徐々に力を入れ始めた。
「今の俺には、お前ら全員、一からやり直させれるリセットボタンがあるんだ。俺に、『想い』を託してくれないか?」
「・・・なら、一つ証明してみせろ」
「いいぜ。頼みなら、何でも聞いてやる」
「私に、『幸福』を見せてくれ」
「・・・・・・」
■ ■
刹那、英雄の脳内で、誰かが囁いた。
「・・・命さん」
「その声、狂兵器か・・・」
「俺は、やっと、そのスタイルから開放されたさ。だから、萌九頭と呼んでくれ」
「・・・そうか、悪かった。萌九頭、どうしたんだ。驚いたぞ」
とは言ったものの、英雄は、この出来事が予測できていた気がしていた。デジャヴとは少し違う―― 確信のようなもの。
この超常現象とも言える産物を、彼は真正面から受け入れていた。
「用があってきたんだ。あなたの、意識の中に」
「俺に? 面白いな。何でも言ってくれ」
「俺の『想い』を託すよ。命さん。俺の分まで、彼女と生きてくれ」
そう聞こえた後、英雄の中で、彼の声が反響することは無かった。
■ ■
「ああ。分かった。お前に、『幸福』を示そう」
「・・・出来るのですか?」
元の世界へと戻った瞬間に、英雄は思った。
この先の、世界の未来を――。
「命・・・さん・・・・・・?」
「もちろん、一人じゃあ出来ない。だから、『二人』」
「・・・!」
「萌九頭の『想い』は、『彼女』に届いたさ」
リィアーク=ホワイトアウト。
又の名を、『監視長』
「これは、『奇跡』だ――」
「・・・・・・」
「萌九頭に託された『想い』によって、『彼女』を、この世界へと連れてくることができた」
監視長は、その場で、この状況を理解するのに時間を掛けている。英雄は、悩む彼女を見て、笑った。
「『幸福』というのは、やはり、誰かがいないと始まらない」
「誰かが・・・」
反復する彼に、軽く頷き、首を掴む手の力を、少し強めた。
「俺が、今掴んでいるお前の首。その首を掴んでいる腕は、黒崎紅音のものだと思え・・・。彼女は、幸福になれる人間だった。現に、なれたじゃないか。それを、お前は潰したんだ。その罪は、償ってもらうぞ」
「まさか・・・。今まであんなに見くびっていた自分の孫に、こうも諭されるなどとは・・・。数十分前の私には、到底予想の付かない展開でした」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いに、軽く笑い合う。
■ ■
彼は、英雄の腕を優しく征し、下ろさせた。
「ふむ・・・。なら私は、もう一度歩み出せるのでしょうか?」
「・・・多分な。俺が持っているのは、リセットボタンだけ。そこから待っている時間は、まず、人間の物かも分からないのだから。だけど、一度『不幸』を経験し、『幸福』を知らない人生を歩んでしまった人間は、次に進む道を、きっと間違えないだろうさ」
「・・・なるほど」
そう言って、彼が、二歩、後ろへ下がる。
そして、その場に居た監視長に、キスをした。
「なっ――?」
「―――!!!?」
濃厚なキス(傍から見れば女性同士のキス)をした後、彼は言った。
「彼女のスタイルを利用させていただきました。スタイルを作るスタイル・・・。でしたよね? だから、このままじゃ、貴方達を打倒しようとした同士に、顔向けができないから。黒幕として、君達に一矢報いることにしたよ」
顔を真っ赤にして怒る英雄(彼にとって、彼女の唇を奪われたことがかなりショックだった)を尻目に、新たなスタイルを作った。
「『禁止制限』―― 貴方達のスタイルの使用回数に制限を付けさせていただきました」
「何っ!?」
「英雄。貴方は、二回。監視長。貴女のスタイルは、禁止させていただきます」
「えっ――?」
「それでは英雄。貴方達は探偵事務所。受けた依頼は必ず守るのでしょう? よろしくお願いしますね」
「ちょ、待――」
「では、次はまた、『素晴らしい世界で』」
そう言ったと思うと、途端に彼女の体から、力が抜け、倒れ込んだ。
「・・・あんの野郎。次にあったら断末魔を聞いてやる・・・」
監視長が、それを見て、笑いながら言う。
「その時は、私もお手伝いしますね」
倒れた彼女の体を抱えて、小高く、誰も居ない丘へと登る。そこで、二人で穴を掘り、彼女の体を埋め、簡易な墓を作った。
『R.I.P for Misfortune(不遇な悲しみよ、ここに眠れ)』
もう二度と、彼らのような人間が現れないように。
そんな願いを込めた文字を刻まれた墓石は―― 今頃、朝焼けに照らされている頃だろう。
この話で、『制裁探偵事務所―終―』は完結とさせていただきます。
先の物語。それは、『幸福』を求め、新たな世代へと託す物語です。
この終わりは、報われるのか、報われないのか。
では、次回―― 制裁探偵事務所― 最終回 ―
にて、お会いしましょう。




