制裁探偵事務所―終― 『英雄』
彼女は、自ら思考することを嫌う。それは、ただ単に頭が悪いからではなく、導き出される結果が目に見えているからだ。
『不幸』という――。
幸せにはなれない。人の手によって生み出された黒崎紅音。『二人目の黒崎紅音』は、幸福になる権利を、半分は大人達に捨てられ、もう半分は自ら置き去りにした。
だが、もう戻れない。
―― 彼らが決着をつける。それが嬉しくてたまらなかった。
『不幸』からの開放。そう考えていた。けど、彼女は、『人間』らしいミスを犯す。―― 欲である。
そもそもの自分の価値について、彼らの前でゆっくりと思考する。そうすると、人の手によって始まり、人の手によって終わるなどと言う、実に勝手なシナリオが見えた。
「ふざけるな」
意思を持ってしまったが故の結末。例えそれが、バッドエンドだったとしても、ハッピーエンドだったとしても―― トゥルーエンドであることに、間違いはないだろう。
■ ■
「やっぱり、お前は、化物に近いな。だがそれでも、人間だ」
1000000のスタイルを犠牲にした、狂兵器の新しいスタイル、『終了宣告』の能力は、『物語の終了』へと向かわせるには、少し大掛かり過ぎなスタイルだった。
「お前の存在は、ひっくり返せねぇや。これは、思っていたのとは違う・・・。はっ。考えてみれば、俺の人生で思い通りになった事なんてあったかな。ぎはは・・・」
悲しそうに、言う。
『ひっくり返す』スタイル。その場のありとあらゆる事象を選択することで、共通する物全てをひっくり返す。
彼は、『生命の存在』を『ひっくり返す』のだ。それが、『終了宣告』。
「・・・・・・つまり、お前の最後の頼みの綱は、これで絶たれたというわけか?」
紅音が、酷くつまらなさそうに言う。毒づく。
「いいや」と、狂兵器は、ゆるりと首を横に振った。
「俺はあくまでも『中間』だ。『俺じゃあ奇跡を起こせない』。だから、こんな時にこそ、『あの人』に頼むんだ」
こんな時にこそ。
その言葉の後に続く名称など、一つしかない。
「英雄」
―― そんなバカなことがあるか。と思うのは当然だ。何せ、『滅んだ』のだ。私が殺した。確かに、私が殺したのだ。なのになぜ、あの男は、その名を呼ぶ? まさか、まさか――
「――そのまさかだよ」
立ち上がる。どこかから、彼女の目の前へと。
「本当に、感謝だ。萌九頭・・・。お前の作った飯は美味かったぜ。それと、仲間で居てくれて、ありがとう」
涙を流しながら、言う。
「条件は彼が揃えてくれたんだ。お前の『幸福』は、この世界で実現しちゃダメだ。死んでみて、気がついたよ」
英雄の言葉は、萌九頭には届かないし、送ってもいない。ただ目の前に居る彼女にだけ、話しかけている。
それに答えるように、否、歯向かうように紅音が言う。
「・・・そうか。だけど、今の私には――」
「『進化したスタイルがある』・・・か?」
しかし、それは遮られる。徹底された、彼の策は、彼女の既知をはるかに上回っていた。
「甘いな。あいつが、そんな不安要素を残して逝く者かよ」
そう言って、また悲しくなる。まだまだ、拭えていない。
だが、拭う必要などない。これから、『俺が変えてやるから』――。
「あいつの『終了宣告』は既に発動しているんだぜ。だけど、お前の存在は、萌九頭にとっては大きすぎたらしい。存在そのものをひっくり返すことはできなかった。だが、それで終わるようなら、最後の役を担う人間にはなれない。あいつはちゃんと、『爪痕』を残した」
紅音は、すぐに理解した。
彼の執念も、これから起こる事柄も。
「『結果』をひっくり返したんだ。『死亡』という『結果』から『生存』へ。『成功』という『結果』から『失敗』へ。『失敗』という『結果』から『成功』へ。・・・『生存』という『結果』から、『死亡』へとな」
「くぅッ―― ならあいつは、『お前』に全てを任せ、成功させてくれると信じ、自ら命を絶ったということか!!?」
「そうだ! みんなが萌九頭を信じたようにな!!」
声を張り上げる。紅音は、まだ理解できないものが、一つだけあった。
「『信じる』って・・・何なんだ」
「んなもん簡単だ」
その素朴で難解な問いに、彼は、答えた。
「お前が幸福になるための、最後のピースだよ」
「―――っ」
「だからお前は幸福になれねぇんだ。『信じる』ことを知らないような奴が、人を何人も殺してるから、俺らはお前を止めてんだ。もう、終わりにしよう」
紅音を指差し、その目が紫に淡く光る。
「信じる・・・か。今の私には、どんな知恵を使ってもわからない事だ」
紅音は、何かを振り切ったように、言葉を発した。英雄は、それを聞いて、少し笑った。
「だから、分からせてくれ、教えてくれよ。英雄。お前たちは、一体何者なんだ」
その問いを受けて、英雄は戦う構えをとった。
「制裁探偵事務所だ」
同時に、二人がぶつかり合う。
「―― なら、私の依頼を聞いてくれよ! あんたたちは探偵なんだろ!? 事件は担当しなくても、人の願いは聞いてくれるだろ!!?」
「勿論だ! 何でも言え! 全部まとめて叶えてやるから!!」
弾かれ合う。戸惑いが消えた二人の間は、血生臭い闘いの匂いではなく、潔く清らかな空気に包まれていた。
「お前、他の仲間は『居ない』のに、なんでお前だけそこに『居る』んだ?」
その問いを、拳に乗せたが如く、彼の腹へと打ち込む。
しかし英雄は、それを包むように抱え、答えた。
「簡単さ。俺のスタイルだよ」
その腕を抱えたまま、遠心力を付けて投げ飛ばした。
「俺の名前は斎藤命だ!」
そう叫んで、彼女へと言葉を投げつけた。
「コードネームは『英雄』! 使用するスタイルも同名『英雄』!! 能力は――」
彼女が立ち上がり、こちらを睨みつけるタイミングと同時に、言うのだ。
「『想いを託された時』『奇跡を起こす』―― !!!」
「・・・だからか」
その答えを聞いて、満足そうに紅音は言う。
「なら、お前の仲間は、別の生物となって、どこかで存在しているってことか?」
「・・・ああ。萌九頭と、蒼さん、あと、砂城さん以外はね」
「『想いを託された時』『奇跡を起こす』・・・かぁ。いいスタイルじゃないか。憧れちゃうよ、敵なのにさ。英雄」
「・・・・・・」
「じゃあ、英雄。私の、創られた黒崎紅音ではなく、『私』の想いを託してもいいかな?」
彼女は、『幸福』になりたいだけなのだ。
最後の、拳の打ち合いで、それを再び理解した。
「後は、任せたよ。英雄」
「・・・・・・」
その言葉を、心から使っている時点で―― お前は幸福な人間だったよ。
英雄は、そう思った。
そして、警戒する――。言葉。『後は、任せたよ』の真意。
薄々感づいてはいた。『あの男』が、そう簡単に退場するわけない。
「さぁ、始めようか。新世界への道を、また一歩から」
「いいや、終わらせる。同じ悲劇は、二度と繰り返させない」
紅音の体を使うのは、世界樹。
対峙するは、英雄。
最終戦。『彼女』に託された『想い』で、奇跡を起こしてみせる。




