制裁探偵事務所―終― 『報復の恋』
「絶対に生き残るんだ―― 監視長・・・君は、絶対に」
「っ!! 何を――」
初めは絶望だった。
彼が感じた感触―― その生暖かく紅い液体がこべり付いた感触は、絶望だった。
ふざけるな。と思った。こんな現実があってたまるか―― と。
二番目は責任だった。
止めなかった責任―― そして進めることができた彼の人生においての、自らの立ち位置。
安っぽいと思った。そして、あっけないとも思った。
三番目は、危機。
人の死を目の前にしたことで、優先順位が大きく動いた。
せめて彼女だけは、監視長には生きていて欲しい―― !!
しかしそれは、空を突き抜けるほど無責任で。
故に、相手を傷つけてしまう―― 悪意のないナイフのような言葉だった。
彼女だって、感じていることは同じだろうのに、無責任に―― 責任を彼女に押し付けた。
狂兵器は未熟だったのだ。
仲間の死に動転して、何が何だか分からなくなってきていた。だから――
だから彼は、彼女を傷つけたことにすら気がつくことができなかった。
「何をふざけたことを言っているんですか!! 何を腑抜けたことを!!」
「だから!! 生き残るんだと言った!! 俺はあんたに生きていて欲しいんだ!!」
もしも彼が、もっと残酷で普通の社会で生きていたなら、その程度の事はわかっただろう。その小さな、社会よりも残酷な恋心は、皮肉にも贈る相手を傷つけてしまっていた。
「私がッ! 私が命を失う覚悟を決めてまでやって来た最終地点で―― あろうことか私を侮辱するんですか!? あなたは――」
「はぁぁああ!?? 何言ってんだ! 俺は―― 俺はあんたのためを思って――」
ためを思って?
なんだ・・・?
人の、パニックに対する処理能力は著しく欠けている。
経験が無ければ無いほど、落ち着くことはできない。
彼らは、まだ少年少女なのに―― こんな状態に立たされている。
無理もない―― 気づかないのも、無理はない。
何の話をしているのか。
可能性の話をしている。
『ヘリの正体』は、何なのだろう?
「・・・あ」
遅れて、銃声が聞こえた。
悲劇の恋心は、血にまみえてドロドロと溶け出した。
敵の存在する可能性は?
「あっ・・・?」
意味がわからない―― なんで俺がこんな酷い仕打ちを受けなきゃいけないんだ?
報い? 報復か? 人生の報復?
俺のストーリーの最低のバッドエンド。
それは、失恋だった。
右上から、突き抜けた、銃弾は。
彼女の心を抉り地へ落ちた。
そう、心臓を。打ち抜かれたのだ―― 『楔』に。
これは、物語の先へ進むための一歩。自分側のストーリーのだ。
「・・・ふう」
『楔』が持つスタイルは、『安定させる能力』
『物語に参加している時』『ありとあらゆる物を安定させる』
彼は、無人のヘリコプターで、運転席から狙撃した。
ヘリ自体も彼の精神も銃口も銃弾も―― 物語の過程をも安定させた。
「悪く思わないでくれ」
彼の短い侘びの言葉は、泣き叫ぶ彼には届かなかった。
そして、牙が、矛先が向く。
腕を振り回し、大きく振り回し、自然を破壊する。跳び易いように、思い切り地面を蹴るために――
「ああああああああ―――――ッ!!!」
泣いているんだ、彼は。
そう思った。
思ったところで、物語は終わらない――。
この物語の中で、もっとも終わりを望んでいるのは、『楔』かもしれない。
「――っ?」
勢いが殺され、跳んだ空中を錐揉み状に落ちていく狂兵器。
狙撃したのは『楔』ではなく、黒崎紅音。
館から脱出した黒崎紅音だった。
その手は、真っ赤に染まり、精神は波を立てず静かに佇んでいた。
「・・・・・・」
落ちていく狂兵器を足蹴にして、下降しているヘリへと飛び乗る―― そこで、ため息をついた。
・・・ため息? と『楔』は不信に思った。
精神を持たないはずのこの子が、ため息をつくのか? 否、つけるのか?
―― そう思ったところで、彼の思考が停止した。
見れば、自分の胸から、心臓が飛び出ている。
現実だ。
そして、後ろへと引き抜かれる。
背骨を砕いた上での行動―― 考えることができない。
自分が思っていたよりも早く、唐突に、彼のストーリーは幕を下ろした。
「・・・・・・」
『楔』の心臓を抜き取った黒崎紅音は――
淡く紅く光るその目で、健康的な赤色の『それ』を見て、舌舐めずりをした。
■ ■
館内から抜け出した、英雄、紅、白黒暴徒。その先で、蒼と守人と合流した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
仲間の死で空気が重くなる。
涙を流す―― しかし、時間はなかった。
他の仲間を散策する。そこで見たのは、『歯型』だった。
殴り殺した『天国』の肉片の、心臓部に値する場所にあった歯型。
見つけた屍薔薇のばらばらになった体の、心臓部に値する場所にあった歯型。
そして―― 見つけてしまった。狐と監視長の遺体。
唖然とする―― 更なる仲間の死に。
居場所がわからないのは、細菌と狂兵器。
事務所屈指の実力者二人が揃って行方不明だ。
「な・・・」
場の空気を変えたのは、ある遺体だった。
綺麗に保存されているような状態の良い遺体。
その遺体は、生前―― 斎藤樹と呼ばれていた。
心臓部が、抜き取られている。
そして聞いたのは―― ヘリが墜落した爆発音だった。




