制裁探偵事務所―紅― 『七色の魔法使い』3
「ああああああああああああぁあぁぁぁぁぁああああ―――――」
落ちる。
紅たちは、まだ落ちていた。
「どんだけ深いんだああああああぁぁあああぁ―――」
もうしばらくは、落ち続けそうだ。
■ ■
「ふん――」
細菌は、俗に言う研究室に来ていた。
複数のモニターがある。
「怪しいな」
一言で言えば、細菌は戦闘をしていない。
誰一人として、会っていない。
その中で、細菌はこの部屋を見つけ、潜入したのである。
「まるでこっちが泥棒みてぇじゃねぇか・・・」
もっともである。
「しっかし――なんだこりゃ、『火』を徹底的に研究している・・・おれが居たときにこんな奴は居なかったはずだが」
「覚えていないのも無理はない」
唐突に、声がした。
「―――――ッ!?」
決して気を緩めていたわけでは無いが、その声に細菌は緊張する。
「だ、誰だテメェ――」
「儂はお前のような『成功』には興味が無い、否、お前と関わる事もない」
その姿は老人。赤く長い髪が印象的で、凶器のように禍々しいオーラを放っている。
白衣という研究者らしい格好だが、ただ一つ――彼は木製の杖を使用していた。
「―――おれは、制裁探偵事務所、細菌だ」
「儂は、『腐食の広がる庭園』こと『再生』所属。『赤』赤薔薇ルイン」
空気が一気に張り詰める。
細菌は、自分の冷や汗を確認した。
「しかし、このまま研究の過程を消されるのは構わんが――儂はもう長くはない。細菌よ、ここは取引をせぬか」
「あぁ?取引だぁ?」
自分では冷静を保ったままのつもりでも、案外声が震えているかもしれない。
「お前、もう一度こっちに戻ってみないか」
ルインは、平然と言った。
「は、はぁ?」
細菌は、唐突な申し出に唖然とした。
「な、何言ってんだお前バカじゃないのか」
「少なくとも自分のことは『専門』と自負している」
「そういうことを言っているんじゃない」
きっぱりと、言う。
「おれは戻らない」
「そうか――」
残念だ、と続けるルイン。
はぁ、とため息をつく。
「お前のような頭脳があれば『開闢』は――いや、まぁいいか」
「それで、言いたいことはそれだけか?」
身をかがめる細菌。
しかしルインは、慌てたように手を振る。
「おぉっと、待て待て――儂は別にお前と一戦交えようとしているわけでは無い」
「あぁ?」
細菌はルインを睨んだ。
「じゃあいいのか?おれはお前の研究をぶち壊すぞ」
「いや、困る」
不敵に笑い、杖の先端を細菌に向ける。
「だから儂は、守るのだ」
「さっきと言っていることが違っていないか?」
「ああ、違うな」
ルインの背後に、赤く、赤く燃え滾る炎が現れ出た。
「『防衛』を『戦闘』と呼ぶ者が居るのか?」
「――いねぇな」
はぁぁ、と深く息を吐く。
「ならおれは、赤薔薇ルイン――あんたを突破してやんよ!!!」
大きく体を反らしたまま、ルインに飛び込んだ。
「そう簡単に、やらせるものかぁ!!!」
ルインは、その細菌を、『不確定』を――歓迎したのである。
■ ■
「――――――」
しばらくは、誰も動けなかった。
落下地点には、クッションがあった。
どんな衝撃にも耐えうるような大きさだ。
そこに、4人、雁字搦めで呆然としている。
「・・・17回死んだ気分だ」
とまぁ、こんな感じ。
それから、紅達御一行は、別々で散策することなった。
「まとまって行きましょうよ」
「いいよお前ら強いから」
以上。
そんな軽いやり取りの後、命は不安でいっぱいいっぱいだった。
「――ったく、なんで俺なんかがこんな訳のわからん施設に飛ばされてんだ?」
愚痴。
「そもそも俺って何なんだ?元はただの男子だったはずだ」
無理もない。
いきなりが多すぎたのだ。
「っづあぁ、もう意味分かんねー」
混乱をしない方が、異常というものだ。
「なら、貴様に選択を委ねよう」
その声は、唐突に、聞こえた。
誰も居なかったはずの通路に、何もなかったはずの通路に――居た。
「――誰だ」
反射的に聞いてしまう命。
相手は、その女は特にどうということもなく口を動かす。
「人に名を聞く際には自らが先に名乗れ――と言うのが普通なのだろうが、今日の私は機嫌がいい。特別に答えてやろう。
灰薔薇マドウ
これが私の名だ。さぁ名乗れ侵入者」
「今の俺は、英雄として動く」
彼女は、銀髪のストレートに眼鏡をかけ、白衣を着ている。
直立している。
「そうか、ならば英雄。先ほど私が言った言葉を覚えているか」
「選択、か?」
「そうだ。ここで私が貴様に決定権を預けようとしている」
「・・・そりゃどうも」
マドウは、一直線に英雄を見つめる。
その鋭い眼光は、まるで氷のように冷たい。
「では、英雄。貴様、ここにいる理由が見当たらないというのなら、自分が何者なのか分からないのなら、こんな場所を立ち去り、自分探しに専念したらどうだ」
なお、彼女の表情は変わらない。
英雄は、少し迷った。
しかし、すぐにマドウを見つめ返した。
「嫌だね」
「何故、そこまでして私達の『完了』を壊そうとする?」
「依頼だからだよ」
「何・・・?」
マドウの目つきがさらに鋭くなった。
「依頼だと?」
「そうだ」
英雄は怯まない。
「俺たちはあくまでも武器で凶器だ。依頼主にいいように扱われるだけだ」
そんな自虐的な言葉も、英雄はどこか誇らしげに言う。
「哀しいな、同情をせざるを得ない」
「やめてくれ。あんたみたいな綺麗なおねいさんに同情されると惚れちまう」
「・・・ふん、それでは、交渉は決裂でいいな?」
「交渉なんてあったか?」
「そうか、言われてみれば無かったな――」
マドウは、懐から何かを取り出した。
「な、なんだそれは・・・」
「『逆月』。私の研究の完成品だ」
「そ、それがか?」
英雄が指を差したのは、大きなお椀だった。
それこそ、半径が30cmはあるだろう、横に広がった、まるで盃のような物。
「灰薔薇マドウ。これより『終焉』の誕生のため、防衛を開始する」
「上等だ」
と、その場所で、灰薔薇マドウと英雄のバトルが始まった。
■ ■
「かっ」
その吐き捨てるような声。
守人は、もうすでに、対面していた。
場所は、ある一室。
まるで水槽のような部屋。
目の前に居る。
白衣がとても似合わない長身。
くわえタバコに金髪のオールバック。
人間を喰らうような、目。
「ここに一応所属している、紫薔薇シトだ」
「制裁探偵事務所所属、守人です」
「・・・お前、女か?」
「いえ、男ですよ」
「かっ、男の娘ってやつか。俺は嫌いじゃない」
「褒めて言葉として受け取っておきます」
「しかぁし!俺ァ、その何事にも動じないような澄ました態度が死ぬほど嫌いだ」
「・・・」
シトは、笑う。
「今のうちだぜ。逃げるんならな」
「まさか」
しかし、守人は変わらぬ澄ました顔で言う。
「僕が逃げるとお思いで?」
「いぃや、これっぽっちも思っちゃいねぇよ」
「・・・」
シトが何かを取り出した。
「それは?」
「いいだろう、その単なる質問に俺は答えてやる。『理酒』。理の酒と書いて、『理酒』だ」
「理酒・・・」
「さぁ、可愛い子ちゃん。俺の酒に、溺れるがいいぜ!!!」
「・・・」
守人は、無言で構えた。
と、その場所で、紫薔薇シトと守人のバトルが始まった。
■ ■
「・・・ここは」
白黒暴徒はまだ探索を続けていた。
誰とも会わずに。
「留守ですか?」
そんなことを言っても、返事はない。
「居留守・・・ですかね」
部屋の中央まで来て、振り返る。
扉が閉じた。
「・・・誰」
身構える白黒暴徒。
「侵入者など、特にどうという訳でもないのだがな」
振り返るが、暗闇。
男の声。
特に、特徴が見当たらない。
個性を殺した声。
「我が名は、黄薔薇隼。して、名を何と言う?侵入者」
隼が問う。
威圧感がとてつもない。
無条件に、屈してしまいそうだ。
「せ、制裁探偵事務所の――白黒暴徒」
「面白い名だな、本名か?」
「そんな訳無いでしょう」
やばい、こいつはやばい。
「何が目的だ、白黒暴徒よ」
「この施設を、潰します」
「なんだと?」
声に個性が戻った。
しかし、威圧感はさらに増した。
「『奇跡』なる『完了』を妨げようとするか白黒暴徒!許さぬ、そんなことは、断じて許さぬ!!!」
「あなたに許されなくても、私達は潰します・・・」
「私、達?」
「はっ――」
しまった。
って、あれ。バレていなかったのか?
「仲間がいるようだな――お前を含め5人か・・・」
「なっ――」
バレていないのならなぜ分かった!?
「そんなことはどうでもいい。それぞれがそれぞれ『奇跡』のため、奮闘しているのなら――我も動かねば」
「くっ――」
威圧感で押し潰されそうになる。
「行くぞ白黒暴徒。我が『完了』は、決して潰させたりはせぬ!!」
と、その場所で、黄薔薇隼と白黒暴徒のバトルが始まった。
■ ■
「なぁんだ。『腐食の広がる庭園』なんてかっちょいい名前だから、期待しちゃったじゃんか」
紅は、戦闘を終えていた。
「期待して、損したぜ」
それは、15分ほど遡る。
普通に歩いているところ、『僕は黒薔薇福音。ここに所属する研究者だ』と言って福音が飛び出してきた。
なんやかんや会話をしていると、何故か戦闘ムードになったため、戦ったのだが。
銃器式紅一点の8つの銃器の内の一つにより、彼と彼の研究は蜂の巣にされた。
「ぼ、僕の研究が・・・『混沌』の、『完了』がぁああ」
それが、最期の言葉だった。
「ふぅん、何の素材で出来ているんだ?これ」
紅は、もはや原型を留めていない、福音の研究成果を手に取る。
紅の記憶が正しければ、確か布だったはずだ。
なんの変哲もない、ただの布。
真っ黒の、ただただ黒い、布。
「ま、いいか」
恐るべき暴君である。
用が済んだのか、紅が立ち去ろうとしたとき、声が聞こえた。
「良いわけが、ないでしょう!!!」
あー?と振り返れば、そこには少女がいた。
高校生にも至らないだろう、そんな少女。
「白薔薇クラン!私の名だ!」
紅が笑う。
「覚えておくよ、おじょーちゃん。それで?まさか私に挑もうっての?」
「挑むんじゃない、ましてや仇討ちでもない――私の役目は、福音の『機布』の回収だ!」
「それにしてはじょーちゃん。すごく怒ってるじゃん」
「当たり前だ!同志がこんなにされて、悲しくない奴がいるか!」
「もっともだ」
「行くぞ制裁探偵事務所、戦ヶ丘紅!『銃器式紅一点』!」
「来い白薔薇クラン!私はお前と戦うためにここまで来たのだろう!!」
紅は分かっていた。
その白薔薇クランという少女が、事実――『再生』最強ということを。
■ ■
「・・・黒が死んだか?」
最深部にて、彼は呟く。
「いや、まだ息がある。流石は闇だ」
そして、涙を流す。
「済まない。我らが同志よ。我らは、『完了』のため」
彼の名は、屍薔薇ソプラ。
『再生』最凶の男である。




