メイドの場合(下)
ジリリリリリリリリ
警報が鳴り響く。
「――こっちです!!」
凪沙が誘導する。
部屋を飛び出した直後、
「ま、まじかよ・・・」
もう既に包囲されていた。
「いくらなんでも早すぎじゃねぇか・・・?」
苦笑いする紅。
あくまでも、笑っている。
「守人は邸を罠だらけに!英雄は凪沙ちゃんとアレを壊しに行くんだ」
「はいッ!!」
「・・・」
沈黙で答える英雄。
いや、答える前にもう包囲している武装集団をくぐり抜けていたのだが。
「相変わらず早いなぁ」
そして、
「ちょっと最近やってなかったからね――ここは少し暴れさせてもらうよ」
紅が素敵に笑う。
銃器式紅一点を使わずに
彼女は本気を、出せれるのだ。
■ ■
「ここは通すことはできないんです」
「なっ、何故だ!?何故邪魔をする!!?」
「・・・仕事だからですけど」
「いいからそこをどけェ!!私はそこを通る権限がある!!」
一通り罠を仕掛けた後、守人はシャルル卿のところに居た。
「あなたは僕たちの標的ですので、ここを通す訳にはいかないのです」
「どけと言っている!!」
彼――シャルル卿は懐から拳銃を取り出した。
「さぁ・・・どくんだ!!」
「Eh bien, alors frappé. Ne sortez pas de la manière ici et je pense que oui.《ふん、じゃあ打てよ。それで僕がここをどくと思うならな。》」
「―――――ッ!!?」
「ふふ、驚きました?僕、こう見えて15カ国語喋れるんですよ」
にこにこと笑いながら話す守人。
「Ainsi, même en français,《だからフランス語だって、》Auch deutsche,《ドイツ語だって、》Anche italiana,《イタリア語だって、》Incluso españoles,《スペイン語だって、》Ακόμη και ελληνικά,《ギリシャ語だって、》Hata Kiswahili,《スワヒリ語だって、》Даже русские,《ロシア語だって、》Isegi Eesti,《エストニア語だって、》Bahkan Indonesia,《インドネシア語だって、》Ngay cả Việt Nam,《ベトナム語だって、》ไทยแม้《タイ語だって、》Even in English,《英語だって、》한국어도,《韓国語だって、》即使中國《中国語だって、》日本語だって・・・使えるんですよ」
「―――――ッ!!」
大半は分からなかったが、その守人の知識の量は、シャルル卿の予想を遥かに超えていた。
「ね、すごいでしょう?」
「あ、ああ、すごい・・・としか・・・」
呆気にとられたシャルル卿。
これも『罠師』である姫劉院幸が仕掛けた時間稼ぎのための罠の一つなのだろうが・・・
「まぁ関係ないですけどね」
結局闘うことになりそうだ。
■ ■
「それで?メイドさん!その地下への入口ってどこなんですか!?」
「今向かってます!!」
全速力で走っている英雄と凪沙
背後には大勢の武装集団が追いかけてきている。
「そこ右です!」
「おう!」
急な要求に対しても確実に道を選ぶ英雄。
「あ、あの――!」
「何だ?」
もうヘトヘトな状態の凪沙を見て
「ああ、悪かったな。ちょっと速めに走りすぎたよ――」
「え?ちょ、ええ?」
そう言うと英雄は、凪沙の首の後ろと太ももの後ろに手を添え
「ちょ、ちょ、ちょ」
持ち上げた。
――俗に言う、お姫様抱っこである。
「かっ飛ばす」
「へ?」
「あんたは道を指定してくれればいい」
「は、はい」
「行くぞ」
そして、
一応条件は整っているので『英雄』発動。
先ほどの、倍はあるであろう速さで走り始めた。
水の上を走れるのではないだろうかと思う程。
「えええぇぇぇええ―――!!?」
「まっすぐでいいのか?」
「えっ、4つ――あっ2つ――――そこみぎいいッ!!!」
道を思い出しているうちに通り過ぎてしまうような
そんな速さである。
20秒経過した時には――
すでに例の機械の前に立っていた。
凪沙の髪はボサボサである。
『人間を製造する機械』
「これが、そうなのか!?」
「えぇ」
とても大きい機械である。
「間違いありません」
「こいつを壊せばいいんだな?」
「あ、はい」
1、2、3と近づいて、拳を大きく振りかぶる。
「よ、っと――――!!!」
ただの正拳突き。
しかし、ただで済むような突きでは無い。
バキャ、と音を立てて機械に大きな罅が入る。
「これでいいか?」
「・・・・」
満足気な英雄に対し、凪沙は、鈍器を構えていた。
先端が禍々しい形をしている、あの鈍器。
ドドドドドドドドド
その部屋が、揺れた。
紅のものでも無ければ、守人のものでも無い。
それは、敵方の音。
階段を登り、図書室に出る。
そこには―――
巨人が、いた。
その顔や体からして、赤ん坊のようだが、全体のサイズ、スケールが違う。
身長は4m。理性など宿っておらず、本能のままに動く。
「どうやら、ただ単に人間を製造するだけじゃあ、なさそうだな」
「ええ・・・ですね」
一歩、凪沙が前に出る。
「お任せ下さい。この手の敵は、慣れております」
「猛獣か何かとは違うんだぞ」
「・・・多分大丈夫です・・・多分」
「・・・」
ちら、と背後の部屋を見る。
「分かった。そのバケモンはあんたに任せる。俺はもっとあの機械をバラバラにしてくる」
「お願いします!」
だっ、と同時に走り出す。
「・・・・・・」
凪沙は、鈍器の尾を持った。
「ふぅ」
呼吸を止める―――1分。
■ ■
その決定的な1分が経過した時、英雄が図書室へと上がってきた。
いや、もうその場所は図書室と呼ぶのは難しいかもしれない。
「これ・・・あんたがやったのか」
空間を満たす死臭、そこら中に散らばった肉や内蔵、むき出しにされた地下の岩肌、床一面に敷き詰められた血。
居たはずの、あるはずの死体が、そこには無かった。
ぐちゃぐちゃに潰されて、形を失った。
「ええ」
酷く冷静に、凪沙は答える。
「癖なんですよ、何かを相手にすると、ぐちゃぐちゃにしたくなってしまう」
「嫌な癖だな・・・」
そこら中に飛び散った血が、その惨状を物語るが―――
凪沙が着ているエプロンドレスや、凪沙自身には、靴以外、血が付いていなかった。
「あんた、相当やるな」
「ありがとうございます」
めちゃくちゃにされた本棚を避け、二人は走って図書室から出る。
「ところで、なんで走っているのですか?」
「ああ、ちょーっとばかし失敗しちゃってなー・・・」
「失敗?」
嫌な予感がする凪沙。
「もう少し、っていうかもうすぐ、爆発する」
「まじですか」
「まじっす」
また凪沙をお姫様抱っこして走る英雄。
そのまま、地下から邸へ出て、出口を使わずに、窓から脱出した。
そして、その直後。
その邸は爆発した。
音にならない音を立てて。
「あ、そういえば紅と守人は?」
肝心なことを忘れていた英雄。
「「ここ」」
声が重なる。
振り向けば、無傷の二人が居た。
「おつかれさん英雄」
「ありがとうございます」
「あの、シャルル卿は?」
「ああ、僕の罠に掛かってしまって」
「そうですか」
その短い会話が、その物事の終わりを意味していた。
すぐに住民の通報で駆けつけた消防隊が、放水作業に取り掛かる。
しかし、その時には既に、制裁探偵事務所の3人と明日来日凪沙の姿は無かった。




