メイドの場合(上)
前回の話で蒼の事務所が大変なことになっているとき、
――同時刻。
「いやぁ、まるで別世界だなぁ」
紅一行は、フランスに来ていた。
「こうも花が多いと僕たちが住んでいる場所の貧相さがよくわかります」
「だな」
「貧相で悪かったなー」
とはいえそこは温室の中。
今回の依頼主が持っている土地の一つだ。
「なんつーブルジョワだってぇの・・・」
命は一瞬にしてその世界の虜になった。
幸も同じだった。
紅は紅い花を必要以上に凝視している。
そこに日露璃の姿は無かったが。
無理もない。
「お気に召されたかな」
「えぇ、素敵・・・ですね」
「それは結構。どうぞ、昼食の準備が出来ましたので」
丁寧に紅達を誘導するのは、今回の依頼主であるシャルル卿だ。
優しい声をしている。
紅達はその豪華な邸(もはや城だ)に入っていった。
「どうぞお掛けになって下さい」
玄関を通り、5分歩いた末に長いテーブルが置かれた部屋に出る。
そして間もなく、前菜が運ばれてきた。
綺麗な緑をした野菜に、荒々しくも水々しいトマトが綺麗に並べられている。
命と幸は『紅のフランス料理マナー講座(5時間)』によってマナーを叩き込まれている。
しかし、幸はともかく命は今にも何かしでかしそうで不安な紅であった。
そしてスープ。
ブイヤベースと呼ばれる世界三大スープの一つとも名高い料理が運ばれてきた。
脂ののった白身の魚を数種類、ムール貝にハマグリ、オマール海老などが濃厚なスープとハーブの香りと共に体中を突き抜けていく。
魚料理。
カサゴの蒸し煮
三枚おろしにされたカサゴに黄金色のソースがかけられており、レモンやハーブの香ばしい香りがカサゴの柔らかい食感をより際立てている。
肉料理。
ガチョウを焼いた豪快な一品だ。
肉の芳しい香りとその焼かれたいい色の皮。
やばい。と命は素直に思った。
口直しとして、グラニデと呼ばれる氷菓が運ばれてきた。
シャリシャリとした細かい氷の粒による独特な食感。
しかし、あくまで口直しとしてのものなため、味はさほど濃くはない。
またもや肉料理。
コウライキジのスープ仕立て、に合わせサラダ。
引き締まった肉に淡く味が濃いスープが妙にマッチする。
そしてデザート。
プティフールと呼ばれる小さな焼菓子と紅茶。
命は至福の時を過ごしたそうで。
「後で厨房に行ってみよう」
と思ったらしい。
「ありがとう。まさに絶品だったよ」
「いえいえ、専属のシェフに作らせているものですから」
「・・・・・・」
ちくしょう、と紅は思った。
皿が運ばれていく。
「それで、詳しく聞いていないのですが、依頼というのは?」
「依頼―――?」
「それはわたくしが説明いたしましょう」
これまでにも邸の中には何人かの人間を見かけたが、日本語で喋ったのは主人のみだった。
エプロンドレスで全身を包み、黒い髪を一つにまとめている。
右目に眼帯をしており、左目は黒く、鋭い。
「初めまして、わたくし、この邸に仕えております明日来日 凪沙という者です」
スカートの端をつまみ、頭を下げる。
「では、戦ヶ丘紅様、齋藤命様、姫劉院幸様、一昨年日露璃様、KOI様、こちらへどうぞ」
「――――!?」
「なっ・・・」
「なぜ、知っているのか、知りたいのですか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「とりあえず今は、付いてきてください・・・話はそれからです」
冷静さは保ってはいるものの、少し表情から切羽詰った様子が読み取れる。
紅は、今回の依頼は、とてつもなく危険だと判断した。




