↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/42

縁結び

 食券機に並んでいるだけで、肩が重くなった。


 前に立つ学生から、なかなか進まないことへの苛立ちが薄く届く。窓際の空いた席を探して、あちこち見回している人の焦り。返却口の方からは、誰のものか分からない気まずさが、ほかのものと混じって流れてきた。


 食器の触れ合う音、椅子を引く音、重なった話し声。カレーと揚げ物の匂いが、湯気と一緒に上がってくる。


 ボタンを押すと、食券が短い音を立てて出てきた。


「……やはり、前より聞こえるようになっている気がします」


 声に出してから、慌てて口を閉じる。


 食券と引き換えに定食を受け取り、先に席を取ってくれていた奈々子の隣へ座る。


 学食が混むのは、前からだ。急に人が増えたわけでもない。


 変わったのは、たぶん自分の方だった。


 夏休みの終わりに、海老名で迷子の男の子を見つけた。あの時は、届いてくるものを避けずに、自分から探した。あんなことをしたのは初めてだった。


 それからだ。


 少し離れた席の小さな苛立ちまで拾ってしまう。誰のものか分からないまま届くものも増えた。人の多いところにいると、前より早く疲れる。


 これ以上聞こえるようになったら、さすがに困る。


 布の上から、胸元へ触れる。


 熱いほどではない。でも、朝からずっと少し温かい。


「……少し、拾いすぎではありませんか」


 返事は、もちろんない。


 この石のことを、もっと早く調べなくてはいけない。


 ふと顔を上げると、奈々子の皿はもう空だった。


「まだ半分残ってる」


「はい。ゆっくりいただいています」


「一瀬さんたち、そろそろ来るよ」


「……急ぎます」


     ◇


 昨日の帰り道、奈々子のスマートフォンが鳴った。


「一瀬さんから」


 画面を、こちらへ向けてくれる。


『明日のお昼、学食で会いませんか? 奈々子さんに会いたいっていう友達がいるんです』


「奈々子先輩に、ですか」


「そうみたい」


「行かれるんですか」


「断る理由もないからね」


 ちょうどいい、と思ってしまった。


 ほのかさんになら、星乃先輩のことを聞ける。


「あの、奈々子先輩。わたしも、ご一緒してよろしいでしょうか」


「一瀬さんに何か用事?」


「少し、伺いたいことがありまして」


 奈々子は画面へ目を戻し、返信を打ち始めた。


「学食、人多いけど大丈夫?」


「頑張ります」


「そう」


 親指が最後に一度動く。


 送信して、奈々子はスマートフォンを鞄へしまった。


     ◇


「奈々子さーん! すみれちゃーん!」


 その声が、入口の方から飛んできた。


 盆を片手に、ほのかが人の間をまっすぐ抜けてくる。


 隣に、知らない人がいた。


 明るい色の髪を、片側だけ肩の前へ垂らしている。耳元で小さな飾りが揺れて、爪の先まできれいに塗ってあった。混んだ食堂の中でも、そちらへ目が行く。


 二人が近づいてくる。


 肩に張りついていたものが、ふっと薄れた。


 さっきまで近かった苛立ちが、少し遠い。どれが誰のものなのかも、分かりにくくなっている。


 胸元の石も、心なしか冷たい。


 すみれは天井を見上げた。真上に、冷房の吹き出し口がある。


 ……そのせいかもしれない。


「奈々子さん、この子です。会いたいって言ってた友達」


「はじめまして! 御影りあです。ほのっちから、めっちゃ聞いてます」


 盆を置いてから、りあはきちんと頭を下げた。


「白鳥奈々子です。よろしく、御影さん」


「よろしくお願いします、ナナコ先輩!」


「こっちはすみれちゃん。あたしたちと同じ二年」


「蓮雀寺すみれです。よろしくお願いします」


「あ、着物の子だ。前から気になってたんだよね、可愛くて」


 りあの視線が、袖から帯の辺りへ下りていく。


「あ、ありがとうございます」


「自分で選んでるんでしょ」


「はい。好きなので」


「いいじゃん。それが一番だって。よろしく、スミレっち!」


 会ったばかりの人に名前を縮められたのは、初めてだった。


 こういう方を、ギャルというのだろうか。知ってはいたけれど、身近にはいなかった。


 少し戸惑う。


 でも、好きで着ている服を褒めてもらえたのは、嬉しかった。


     ◇


「それで、ナナコ先輩。さっそくで悪いんですけど」


 りあが、卓へ身を乗り出した。


「縁結びでいいとことか、知りません?」


「縁結び」


「有名なとこはいくつか行ったんですけど、そういうのじゃなくて。ちゃんと由来の分かってるところがいいなって」


「どうして縁結びなの」


 奈々子の声は、いつもと変わらなかった。


「あー……笑わないでくださいね」


 りあは紙コップのストローを、指先で一度だけ回した。


「あーし、人の恋愛とか占うの、めっちゃ得意なんですよ」


「占い」


「占いっていうか。この二人合いそうとか、こっちが気にしてそうとか。なんとなく分かること、けっこう多くて」


「そうなんです!」


 ほのかが箸を置いて割り込んだ。


「りあすけ、こういうの本当に当たるんですよ。この間だって――」


 そこで、声が少しだけ小さくなる。


「……馬も分かればいいのにな」


「馬ですか?」


「いや! なんでもないよ! あはは、りあすけ、続きどうぞ!」


 りあはほのかを一度見てから、卓へ向き直った。


「で、まあ、他人のことはけっこう分かるんですけど」


「りあさんは、ご自分のことは占わないんですか」


「占えないの。ほんとに」


 ストローが、紙コップの中で泳ぐ。


「自分のことだけは、ぜんっぜん分かんないんですよね。あーしと誰かがどうとか、まったく。全然。ゼロ」


 言い切ってから、りあは急に姿勢を正した。


「だったら、こっちから行くしかないじゃないですか。結びに」


「なるほど」


「なので、ナナコ先輩。いいとこ教えてください」


 奈々子が鞄へ手を伸ばし、何も出さずに戻した。


 付箋のはみ出したノートを、開くつもりだったのかもしれない。


「縁結びって言っても、同じじゃないよ」


「え、違うんですか」


「今ある縁を大事にしたいのか、これからの良縁を願うのかでも違う。悪縁を切ってから良縁を結ぶ、という考え方で知られているところもある」


「全部あるんだ……」


「だから、恋愛成就で有名だから、というだけで選ばない方がいい。そもそも縁結びって――」


 鞄から、付箋のはみ出したノートが出てきた。


 開いた頁を、奈々子がりあの方へ半分だけ向ける。


「縁って、男女のことだけじゃないの。人と人が結びつくこと全部が縁で、友達とか、仕事とか、住む土地とか、そういうつながりまで入る。だから縁結びと呼ばれていても、御祭神も由緒も違えば、何を願う場所なのかも少しずつずれてる。同じ『縁結び』でも、中身は同じじゃないの。有名かどうかより、自分が何を結びたいのかを先に決めた方がいいと思う。そこがはっきりしていれば、行く場所も自然に絞れて――」


 頁の上を、奈々子の指が滑っていく。


「ちょ、待って待って! ナナコ先輩、情報量えぐいって! あーしまだ最初のへんですよ!」


「りあすけ、奈々子さんはまだまだこんなもんじゃないよ」


「これでも!?」


「奈々子先輩は、こういった話になると速くなります」


「速くなってない」


「なっていました」


     ◇


「あの、奈々子さん」


 ほのかが、また少しだけ声を落とした。


「金運アップとか……勝負運が上がる有名な神社とか、あります?」


「何の勝負」


「あ、いや、なんでも!」


「ほのっち、競馬好きだからね~」


「あ、こら」


「競馬?」


「あれ。今の、言ったらまずかった系?」


「うう……別にいいけど」


 ほのかが、盆の縁を指で押した。


 すみれは、ぽん、と手を打つ。


「なるほど。この間の神社で熱心にお願いしていた五番と十一番は、お馬さんだったのですね」


「ちょっ、すみれちゃん! そこまでばらさないで!」


「それで金運なんだ」


「奈々子さんまで!」


「ほのっち、神様に願望丸出しはよくないよ~」


「りあすけに言われたくないんだけど!? 縁結び回りたいって言ってる人が!」


「あーしのは願いじゃなくて、行動だし」


「同じじゃん!」


 先に吹き出したのは、りあだった。


 つられてほのかも笑い出す。奈々子は水のコップへ口をつけたまま、しばらく下ろさなかった。


「スミレっち、けっこう容赦ないね」


「そうでしょうか」


「そうだよ」


 笑いが落ち着くと、りあはまた奈々子の手元へ身を寄せた。


 胸元の石は、まだ少し冷たいままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。