四人で、来た
「コンビニ、見つからなかった」
鳥居の前で、星乃はそう言った。
「出かけるなら、一言くらい言ってくださいよ!」
「すまんすまん」
「軽い! 絶対、軽い!」
「本当にすまん」
「二回目の方が軽い!」
案の定、お酒を買いに行っていたらしい。
「星乃先輩。スマートフォンはお持ちですよね」
「持ってる」
「……使いましたか」
「勘で行った」
「勘」
「はい、そこまで」
奈々子が冊子を鞄へしまった。
「まずはご挨拶から。御朱印とお守りは、そのあと」
「あ、順番あるんですね」
「あるよ」
神様への礼儀、というものである。すみれは背筋を伸ばした。
◇
四人並んで拝殿の前に立ち、それぞれ賽銭を入れる。
願い事を考えてみたが、すぐに思い浮かばない。
石のことや星乃のことは……ほのかの傷に触れたばかりだ。今は考える気にならなかった。
――ここまで、四人で来られました。ありがとうございます。
神様に感謝だけして、すみれは目を開けた。
顔を横へ向けると、ほのかがまだ目を閉じていた。眉のあたりに力が入っている。
「……五番と、十一番。お願いします……」
声は小さい。それでも、はっきり聞こえた。
「ほのかさん」
「はい」
「さっきの数字は、何だったんですか」
「まあまあまあ!」
「まあ、では分かりません」
「あっ、あれ何だろう!」
ほのかが前方を指した。
「話題を変えましたか」
「変えてない! ほら、かっこいい!」
「変えたな」
「星乃さんは黙っててください!」
◇
拝殿の脇に、円い石の盤が据えられていた。
方角が刻まれている。東西南北と、その間。ぐるりと、隙間なく。
「これってなんだろう?すみれちゃん分かる?」
「さあ……。なんでしょうか?」
「方位盤」
答えは、横から飛んできた。
奈々子が、いつの間にかすぐそばに立っている。
「ここ、八方除で有名だから」
「はっぽうよけ?」
「八つの方角から来る災いを、全部除けてくれる」
「全部!?」
「全部」
「太っ腹!」
「言い方」
「じゃあ、気前のいい神様!」
「もっと悪くなってる」
奈々子は方位盤から拝殿へ目を移した。
「気前がいいかは分からないけど、ここの神様は少し変わってる」
「変わってる?」
奈々子は鞄から、付箋のはみ出したノートを取り出して続ける。
「名前は昔から伝わってるのに、どんな神様なのか分かる話が、ほとんど残ってないの。古い神様なら、由来とか、どこから来たのかとか、普通は何かしら手がかりがあるんだけど、ここは名前だけ。別の神様と同じだっていう説も、一つじゃなくていくつもあって、どれも決め手がなくて。呼ばれ方が今と違った時期もあったみたいで、資料によって書いてあることも変わるから、読み比べると、どれが古いのか分からなくなって、それがまた面白くて。でも、分からないままなのに、人はずっと来てるの。千年以上も。どんな神様なのか、誰もはっきり知らないのに、遠くからわざわざ来て、手を合わせて、帰っていくの。それって、なんだか」
「な、奈々子さん」
「なに?」
「めっちゃ喋りますね」
ほのかと星乃が、そろって奈々子を見ていた。
「……そんなに?」
「そんなに」
すみれは、少し笑った。
「奈々子先輩、楽しそうです」
「……うん」
◇
奈々子が、方位盤の周りを回り始めた。
しゃがんで、立って、また少し移動して。
「……何周するんですか」
「一周」
「二周目です」
「一周目が浅かったの」
三周目が終わってから、奈々子はようやく顔を上げた。
「御朱印、いただきに行こうか」
満足した顔で、奈々子が社務所を指した。
◇
歩きながら、ほのかが小声で聞いてくる。
「ねえ、すみれちゃん」
「はい」
「奈々子さんって、いつもこんな感じ?」
「いつもどおりです」
すみれは、胸を張って答えた。
「なんで得意げなの」
「得意ではありません」
「得意でしょ」
「餅を買ってくる」
突然、星乃が言った。
売店は参道の入口の近くだ。ここからでは、来た道をほとんど戻ることになる。
「え、今ですか」
「餅だ」
「せめて御朱印見てからにしません?」
「餅だ」
「……まあ、いいか。あたしはすみれちゃん達と一緒に行くね」
「はい。ぜひ」
黒い上着が、参道の向こうへ遠ざかっていく。
その先で、奈々子はもう社務所の窓口を覗き込んでいた。
自由な人たちである。
◇
開いたまま差し出した帳面が、台の上でくるりと向きを変えられた。
筆が、白い頁に触れる。
さらり、と細い音がした。
「へ~!目の前で書いてもらえるんだ」
ほのかが横で口を押さえた。
「わたしも初めてです」
これまで書き置きの御朱印を奈々子が貰うところは見たことがあったが、直書きの御朱印を見るのは初めてだ。
「お待たせしました」
両手で受け取る。頁が、思っていたより重い。
「……ありがとうございます」
「よいお参りでしたね」
すみれは、顔を上げた。
白い小袖に緋色の袴。長い黒髪を低い位置で結んだ巫女さんが、こちらを見ていた。
あれ。
「すみれちゃん?」
「はい」
「どうしたの?」
「……今の方、どこかで見たような気がして」
ほのかも、すみれの視線を追った。
「え、知り合い?」
巫女さんは、もう次の御朱印帳へ手を伸ばしていた。
「いえ……気のせいだと思います」
「そっか。巫女さんって、ぱっと見だと似て見えるよね」
「そうですね」
「ていうか、すみれちゃん、今、息してた?」
「していました」
「してなかったよ。ずーっと止まってた」
「……していた、つもりです」
御朱印帳を閉じようとしたら、奈々子から声が飛んだ。
「乾くまで、閉じないで」
「はい」
◇
服の上から、胸元へ触れる。
星乃先輩は、もう参道の向こうだ。姿も見えない。
それなのに、冷たいままだった。
――場所にも、反応するんだ。
「私、もう少し見てくるね」
「あ、先輩」
奈々子はそう言いながら、もう次の案内板へ歩き出していた。
「奈々子さん、神社着いてから別人みたい」
「ふふ、奈々子先輩らしいです」
「また得意げになってる」
すみれは、まだ乾かない頁へ目を落とす。
読めなかった名前が、少しだけ違って見えた。
「御朱印帳、あたしも買おうかな」
ほのかがすみれの手元をのぞき込む。
「そしたら、イケメモと御朱印、両方楽しめて更にお得だよね!」
「お得、ですか」
ほのかさんも、じゅうぶんマイペースのような。
思ってから、口には出さないでおいた。
◇
「星乃さん、それ何個買ったんですか」
「食える分だ」
「答えになってません」
参道を戻る途中で合流した星乃が、紙袋から包みを配り始める。
「あの、わたしたち、さっきカフェでいただきました」
「外で食べる餅は別格だ」
「別格ですか」
「祭りの食い物は美味いだろ?」
言われてみれば、そうかもしれない。
すみれも、両手で受け取った。
「……別格です」
「だろ」




