二人で、待つ
電車を二度乗り継いで、目当ての神社まで来たはずなのだが。
すみれとほのかは、階段を上がった二階の窓際で向かい合っている。
四人で来たのに、ここには二人しかいない。
鳥居の手前、駐車場の脇に建つ店だった。一階は土産物が並んでいて、二階が食事のできる場所になっている。間仕切りがなく、ガラス越しに夏の光がそのまま入ってきた。冷房が効いていて、羽織の内側まで涼しい。
「絶対、どこかにお酒を買いに行ったんだよ」
ほのかがストローをくるくる回しながら、窓の外を睨んでいる。
テーブルの上には、ほのかの頼んだ冷たい飲み物と、すみれの前に温かいお茶。それから、名物だという餅の載った皿がひとつ。
「星乃先輩なら、あり得そうです」
「すみれちゃんまで納得しない!」
「す、すみません」
◇
星乃がいなくなったのは、駅から歩いている途中だった。
ほのかが道沿いの看板を撮り、すみれがそちらを見て、前へ向き直ったときには、黒い上着が消えていた。
すぐにメッセージを送ったが、既読にならない。
「せっかく四人で来たんだから、参拝はみんなでしたいよね」
「はい。わたしも、そうしたいです」
「じゃあ待とう。喉も渇いたし、何か食べながら」
そう決まりかけたところで、奈々子が鞄の紐を持ち直した。
「私は、先に周りを見てくる」
「奈々子さんも!?」
「調べたいことがあるから。境内には入らないよ。鳥居の前には戻る」
それだけ言うと、奈々子は冊子を片手に歩いていった。参道の手前で立ち止まり、脇の道へ折れていく。
残された二人で、しばらく黙っていた。
「……見事に協調性のない人たちばっかりだね」
「皆さん、マイペースですよね」
ほのかが、こちらを見た。
「……それ、すみれちゃんが言う?」
「ええっ!?」
声が裏返る。
「わ、わたし、そんなに」
「和装で神社に来る子が言うことじゃないと思うなあ」
「これは、その、普段からですので」
「普段から和装なのが、すでにマイペースなんだよ」
返す言葉が、見つからなかった。
言われてみれば、電車では座る席を自分から変えたし、当たり障りのない話から始めるつもりで超能力の話を始めてしまった。
「……かなり、でしょうか」
「かなり」
二人で笑って、そのまま今の席に落ち着いた次第である。
◇
餅を小さく切って、口へ運ぶ。上品な甘さだった。
服の上から、胸元へ触れる。
石は、体温と同じだった。
電車の中では、ずっと冷たかった。星乃先輩が隣にいる間は、ずっと。
窓の外を、家族連れが通り過ぎていく。子どもの浮き立った気持ちが、薄く肌へ届いた。急いでいる親の焦りは、それよりはっきりと。いつもどおりだ。
やはり、星乃先輩が近くにいると、この石は冷たくなるのだろうか。
確かめるためにも、早く戻ってきてほしい。
できれば、お酒は買わずに。
◇
「ねえ、すみれちゃん」
「はい」
「彼氏いないの?」
お茶が、危うく気管へ入りかけた。
「い、いません!」
「そんな全力で否定しなくても」
「突然でしたので……」
「すみれちゃん、可愛いしモテそうなのに」
「そ、そんなことは」
「告白されたことくらいあるでしょ」
なくはなかった。
けれど、相手の言葉より先に、その奥にあるものが肌へ触れてしまう。
近づきたい。触れたい。自分だけを見てほしい。
相手が悪い人だったわけではない。たぶん。
それでも、すみれには受け止めるのが難しかった。
「男の人が、少し苦手で」
「そうなんだ」
ほのかは、それ以上聞かなかった。
代わりに、何かを思いついたように目を輝かせる。
「じゃあさ、そんなすみれちゃんにおすすめしたいものがあります」
「なんでしょうか」
「これ!」
画面をこちらへ向けてくる。
色とりどりの衣装を着た男性が、十人以上並んでいた。
「イケメモ!」
「……この方々は」
「攻略対象」
「攻略するんですか」
「恋愛的な意味でね」
「倒すのではなく?」
「倒しません!」
ほのかが画面を横へ動かす。地図が現れ、細かい印があちこちで光っていた。
「イケメン・メモリーズ。位置情報のゲームなの。神社とかお城とか公園とかも、有名なところはだいたいチェックインスポットになってるんだ」
「実際に、そこまで行くんですか」
「そう。回るとアイテムがもらえて、同じ地域を全部集めると限定衣装とか、特別な話が解放されるの」
「……御朱印巡りに、少し似ていますね」
「でしょ!」
我が意を得たり、という顔で身を乗り出してくる。
「行かないともらえないんだよ。家で寝ててももらえないの」
「歩いた分だけ、ということですか」
「そう! じゃあ入れよう。今すぐ入れよう」
「え、今ですか」
「今」
押し切られて、すみれはスマートフォンを取り出した。言われるまま操作すると、画面の中央で丸い印が回り始める。
「けっこうかかるんだよね、これ」
回っている印を、二人で眺める。
沈黙が、少し手持ち無沙汰だった。
「あの、ほのかさん」
「ん?」
「ほのかさんは、彼氏さんはいらっしゃらないんですか」
「あたしもいないよ〜」
軽い返事だった。
「ほのかさんこそ、おモテになりそうですけど」
「いやいや。ないない」
「告白されたことは」
「まあ、なくはないけど」
「では、どうして――」
聞きすぎただろうか。
すみれが言葉を止めると、ほのかはストローから手を離した。
「現実の男なんて、口では何とでも言うからね」
◇
胸元が、ざらりと熱を持った。
怒りではない。もっと冷えた、諦めに近いものだった。
顔を上げると、ほのかはもう笑っている。
「あー、暗い話はなし! ちょっとお手洗い行ってくるね」
「は、はい」
返事を待たず、ほのかは店の奥へ向かった。
その背中が見えなくなるまで、すみれは動けなかった。
◇
胸元を押さえると、石はもう体温に戻っている。
ほのかさんの感情には、いつもどおり反応した。
――ほのかさんでは、ない。
『結』でも電車でも、石が冷たかったとき、そばにいたのは星乃先輩だった。
今日も、星乃先輩がいなくなってから、石は元の温度に戻った。
答えは、たぶん出ている。
神社と、星乃先輩。
そこまで考え、すみれは頭を振った。
友達の隠している部分に、触れてしまった。
以前お付き合いしていた人とのあいだに、何かあったのだろうか。
冷めかけたお茶を飲むが、味はよく分からなかった。
◇
「おまたせ! ……あれ、どうしたの、その顔」
「なんでもありません」
「絶対なんかあるでしょ」
「気のせいです」
「すみれちゃん、嘘下手だよね」
今日だけで、二人目である。
ほのかは椅子に座り直すと、少し早口になった。
「そういえばさ、すみれちゃんの苗字」
「はい」
「れんじゃ……れんじゃくじ、だよね。珍しいよね。お寺生まれ?」
「よく言われますが、違います」
「あはは、安易すぎたか」
ほのかは、さっきの話には戻らなかった。
胸が、少しちくりとした。
「でも蓮雀寺って苗字、なんか名家!って感じがする。なんかすごい歴史があったり?」
「由緒はあるみたいなのですが。……わたし、養子なのでそこまで詳しくは」
ほのかのストローが止まった。
「あ、ごめん。変なこと聞いた?」
「いいえ。隠していることではありませんから」
すみれは、餅をもう一切れ小さくした。
「小さい頃から、よくしていただいて。家には、わたしのような子が何人かいます」
「何人か?」
「血はつながっていませんけど、兄や姉のような人もいます」
「じゃあ、兄弟いっぱいいるんだ」
あまりにも普通に言われて、気づけば、少しだけ笑っていた。
「……はい」
返事をすると同時に、テーブルの上でスマートフォンが震えた。
「あ、星乃さんからじゃない?」
「そうかもしれませんね」
「この話は、また今度ね」
◇
『日渡先輩、見つけた。鳥居の前にいる』
奈々子からだった。
「なんで先に着いてるの!?」
ほのかが横から画面を覗き込む。
「お酒は?」
「書いてありません」
「絶対、隠してる」
「まだ決まったわけでは」
ほのかが残りの飲み物を吸い上げ、立ち上がった。
「行こ、すみれちゃん。今度こそ四人で」
「はい」
すみれも立ち上がり、画面を消しかけて指を止めた。
地図の上で、この先の神社が光っている。
「ここも、スポットなんですね」
「そう。鳥居の辺りでチェックインできるよ」
「……すごいです」
「目、キラキラしてる」
「そんなことは」
階段を下り、土産物の間を抜けて外へ出る。
鳥居の前に、奈々子と星乃が立っていた。
「あ、いた!」
ほのかが小走りになる。
「星乃さーん! どこ行ってたんですかー!」
すみれはチェックインボタンを押してから、ほのかのあとに続いた。




