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私を処刑した王子を6歳から矯正してみます  作者: すなな


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第6話 じゃあ、やめる

※本話には、一部動物がつらい状況に置かれる描写があります。苦手な方はご注意ください。








「何の、実験ですの?」


セレナは扉の前から動けなかった。

アルベルトは机の上へ視線を戻した。


「これ」


指先が、銀色のブローチに触れる。


「完成させられるかと思って」

「それは……王妃様が研究をおやめになったものでしょう?」

「うん」

「触ってはいけないとも言われましたわ」

「知ってるよ」


あまりにも普通に返され、セレナは言葉に詰まった。


「では、どうして?」

「母上がやめただけだから」

「同じことです!」

「違うよ」


アルベルトは少しも声を荒らげない。


「母上が完成させないことと、僕が完成させられないことは違うでしょう?」


セレナには、その違いが分からなかった。

いや。

アルベルトが何を言いたいのかは分かる。

だからこそ、理解したくなかった。


「だから、この子を使ったんですの?」

「うん」


アルベルトがうさぎを見る。

そこには罪悪感も、楽しんでいる様子もなかった。

ただ研究対象を見る目だった。

机の上には細かな文字で数字が並んでいる。

時間。

魔力の量。

石の変化。

アルベルトはもう一度、ブローチへ目を落とした。

中央の石は透明なままだった。


「……やっぱり駄目か」

「何がです?」

「反応しない」


アルベルトは記録に何かを書き加えた。


「条件が違うみたい」


セレナには何のことか分からない。

けれど、その言葉を聞いた瞬間、妙な寒気がした。


アルベルト。

命を使う研究。

うさぎ。

そして、王妃がやめた魔道具。

ふいに、古い記憶が蘇った。


――そういえば。


アルベルトには弟がいた。

今は三歳のルシアン。

前の人生では、幼くして亡くなっている。

急死だったと聞いた。

その後、王妃も亡くなった。

幼い我が子を失った悲しみから体調を崩したのだと、当時は誰もがそう話していた。

セレナも疑わなかった。

王太子妃教育に追われ、詳しく知ろうともしなかった。

けれど今。

目の前にいるアルベルトを見ていると、胸の奥に嫌なものが広がっていく。


「……アルベルト様」

「なに?」

「このあと、何をするおつもりですの?」


初めて、アルベルトの視線がブローチから離れた。


「どうして?」

「分かりません」


セレナ自身、何を疑っているのか分からない。

まさかと思う。

いくら何でも、そんなはずはない。

けれど。


「これ以上、続けさせてはいけない気がします」


うさぎへ近づいた。

器具に手を伸ばす。


「何してるの?」

「外します」

「まだ終わってないよ」

「終わりです!」


思った以上に大きな声が出た。

アルベルトが瞬きをする。


「どうして?」

「この子が苦しんでいるでしょう!」


アルベルトは白いうさぎを見た。

その胸が上下するのを確認するように、しばらく眺める。


「まだ生きてるよ」

「そういう問題ではありません!」

「でも」


アルベルトは本当に分からないという顔をした。


「死なないと分からないこともある」


セレナの指先が冷たくなった。

悪意があるわけではない。

うさぎを苦しめることを楽しんでいるわけでもない。

ただ、知りたい。

それだけなのだ。

だからこそ、怖かった。


「この子が痛いのが分からないんですの?」

「分かるよ」

「だったら!」

「でも、僕は痛くない」


セレナはアルベルトを見つめた。

冗談ではない。

うさぎが痛い。

自分は痛くない。

アルベルトの中では、その二つが別々に存在している。


「命は大切です!」

「どうして?」

「どうしてって……」

「母上も薬の研究に使ってるでしょう?」

「王妃様は、こんなことなさいません!」

「何が違うの?」


セレナは口を開いた。

けれど、言葉が出てこなかった。

命は大切だから。

相手の気持ちを考えなければならないから。

そんなことを言っても、今のアルベルトには届かない気がした。

何を言えば、この子に分かるのだろう。

白いうさぎが、かすかに身じろぎした。

その姿を見て。

セレナは考えるのをやめた。


「……では、わたくしが嫌です」


アルベルトがこちらを見た。


「セレナが?」

「ええ」

「どうして?」

「この子が痛いからです」

「でも、セレナは痛くないでしょう?」

「痛くありません」

「じゃあ、どうして?」

「それでも悲しいんです」


アルベルトが黙った。


「この子が苦しんでいるのを見ると、わたくしは悲しい。アルベルト様がこの子を傷つけていることも、嫌です」


緑色の瞳が、じっとセレナを見つめる。

いつものように何を考えているのか分からない。

ただ、先ほどまでとは違って、すぐに質問は返ってこなかった。

やがてアルベルトが口を開く。


「僕がやめたら」


そこで一度、言葉を切った。


「セレナは悲しくなくなる?」

「……ええ」

「そう」


アルベルトはうさぎを見る。

それからブローチを見た。

透明な石は、何の光も宿していない。


しばらくして。


「じゃあ、やめる」

「……本当に?」

「うん」


セレナはすぐにうさぎへ駆け寄った。

慎重に器具を外し、白い身体を抱き上げる。

まだ温かい。

小さな胸も動いている。


「よかった……」


息を吐いた。

腕の中のうさぎに気を取られていたセレナは、アルベルトが何をしているのか、ほとんど見ていなかった。

アルベルトは机の上のブローチを手に取っていた。

銀の縁。

透明な石。

その表面を親指で一度なぞる。

そして、小さな箱へ戻した。


蓋を閉じる。


かちり、と音がした。



 ◇



王妃のもとへ戻ろうと部屋を出たところで、廊下の向こうから軽い足音が聞こえてきた。


「にいさま!」


セレナの身体が強張った。

小さな男の子が走ってくる。

柔らかな蜂蜜色の髪が跳ね、青緑色の瞳が嬉しそうに細められている。

ルシアンだった。


「にいさま!」


勢いのままアルベルトへ抱きつく。

アルベルトの身体がわずかに揺れた。


「走ると転ぶよ」

「ころばない!」

「この前、転んだでしょう」

「きょうはころばないもん」


ルシアンは気にした様子もなく、兄の手を握った。


「にいさま、いっしょにいこう!」


セレナは二人を見つめた。

前の人生では幼くして亡くなった王子。

急な病だったと聞いていた。

けれど、先ほどのアルベルトの言葉が耳から離れない。

――死なないと分からないこともある。


「はやく!」

「走らないよ」

「じゃあ、あるく!」


ルシアンがアルベルトの手を引く。

アルベルトは弟を見る。

セレナは無意識に、腕の中のうさぎを抱く手に力を込めていた。


「いいよ」


アルベルトはそう答えた。

ルシアンの小さな手を握ったまま、歩き出す。

薄い金色と、蜂蜜色。

二つの頭が並んで遠ざかっていく。

何一つ、確かなことはない。

それでもセレナは、その小さな背中から目を離せなかった。

前の人生では、もうすぐいなくなってしまう子。


今度は。


あの子も、いなくならないでほしい。


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