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私を処刑した王子を6歳から矯正してみます  作者: すなな


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第5話 うさぎ

※本話には、一部動物がつらい状況に置かれる描写があります。苦手な方はご注意ください。










王妃の研究室に、白いうさぎがやってきた。


「まあ、可愛い!」


扉を開けたばかりのセレナは、王妃への挨拶もそこそこに窓辺へ駆け寄った。

木で作られた小さな囲いの中で、真っ白な毛のかたまりが長い耳をぴくりと動かしている。

しゃがみ込むと、今度は鼻が忙しなく動いた。


「王妃様、触ってもよろしいですか?」

「優しくね」


許しを得て、そっと背中へ触れる。

指先が沈み込むほど柔らかい。

セレナが背を撫でるたび、うさぎの耳が小さく動いた。


「こんな子、前はいませんでしたわ」

「昨日、連れてきてもらったの」

「飼われるんですの?」

「半分はね」


王妃の答えに、セレナは振り返った。


「半分?」

「薬の安全性を確かめるためでもあるのよ」


撫でていた手が止まる。


「……この子で?」


王妃はセレナの表情を見て、少し困ったように笑った。


「いきなり危険な薬を飲ませたりはしないわ。成分を調べて、安全性を確認して、それでも生き物でなければ分からないことを確かめるためよ」


王妃も隣にしゃがみ、うさぎの背中を撫でた。


「薬を作っていると、どうしても生き物の力を借りなければならないことがあるの」


白い毛の下で、小さな身体が呼吸している。


「でも、知りたいからといって何をしてもいいわけではない。必要以上に苦しませてはいけないし、必要のない命まで奪ってはいけない」

「……はい」

「研究者が知りたいと思う気持ちには、際限がないから」


最後の言葉だけ、少し違って聞こえた。

いつもの王妃なら、もう少し軽やかに笑って言いそうなものなのに。


「母上」


後ろから声がした。

振り返ると、アルベルトがいた。

いつからそこにいたのだろう。

薄い金髪は今日もきちんと整えられ、緑色の瞳が静かに王妃を見ている。


「なあに?」

「命を使わなければ完成しない研究なら?」


王妃の手が止まった。

ほんの一瞬。

けれど、すぐそばにいたセレナには分かった。


「完成することが分かっていても?」


アルベルトが重ねて尋ねる。

王妃はすぐには答えなかった。

その視線が研究室の奥へ向かう。

セレナもつられて目をやった。

以前、触れてはいけないと言われた棚だった。

壊れた結晶や、組み上がっていない魔道具。

金属片。

用途の分からない小さな器具。

その中に、銀色の小さな箱があった。

特別華美なものではない。

けれど王妃は、確かにそれを見た。


「やめるわ」


アルベルトが首を傾げる。


「完成できるとしても?」

「ええ」

「どうして?」


王妃は今度こそ、まっすぐ息子を見た。


「完成させることより、大切なものがあるからよ」

「大切なもの」

「そう」


アルベルトはしばらく王妃を見つめていた。

理解したのか、していないのか。

その顔からは読み取れない。


「……そう」


それだけ言って、いつもの椅子へ向かった。

最近のアルベルトは、セレナが研究室にいると、いつの間にか自分もそこにいる。

何かを手伝うわけではない。

大抵は本を読んでいるだけだ。

今日も棚から一冊抜き取ると、椅子に座ってページを開いた。

セレナはもう一度、銀色の箱を見る。


「王妃様。あれも魔道具ですの?」

「ええ。ずいぶん前に作りかけたものよ」

「何のための?」


王妃は少し考えてから、


「失敗作」


とだけ答えた。


「失敗作にも目的くらいあるでしょう?」

「あるけれど、もうやめた研究だもの」


王妃は立ち上がる。


「それより、今日はあなたにも手伝ってもらうわよ」


セレナもそれ以上は追及しなかった。

王妃がやめた研究。

それ以上でも、それ以下でもない。

このときのセレナにとって、銀色の箱はそれだけのものだった。





数日後。


「あら?」


研究室へ入った王妃が、窓辺を見て足を止めた。


「どうなさいました?」

「いないわ」

「何がです?」

「うさぎ」


セレナも囲いを見る。

空だった。

藁と水、それから食べかけの葉だけが残されている。


「逃げたんでしょうか」

「どうかしら。朝はいたのだけれど」


王妃は囲いを調べた。

壊れているところはない。

出入口も閉じられている。


「誰かが連れ出したのかしらね」


それほど心配している様子ではなかった。

世話をする侍女もいる。

研究を手伝う者も出入りする。

誰かが連れていった可能性はいくらでもある。

セレナもそう思った。

けれど。

研究室を見回す。

いつもなら窓辺の椅子にいるはずの姿もなかった。


「アルベルト様は?」

「今日はまだ見ていないわね」


胸の奥が、ざわついた。

なぜその二つを結びつけたのか、自分でも分からない。


「少し探してきます」

「うさぎを?」

「はい」

「見つからなかったら戻っていらっしゃい」

「分かりました」


研究室を出る。

近くにいた侍女に聞いてみたが、誰もうさぎを知らなかった。

庭にもいない。

薬草園にも。

セレナは次第に王宮の奥へ進んでいた。

行く当てがあるわけではない。

それでも、なぜか研究室へ戻る気にはなれなかった。

普段ほとんど使われていない廊下まで来たところで、足が止まった。

かたり。

小さな音がした。

古い物置が並ぶ一角だった。

もう一度。

今度は、何か硬いものが触れ合う音。

セレナは一番奥の扉へ近づいた。


「……アルベルト様?」


返事はない。

取っ手へ手をかける。

扉は鍵がかかっていなかった。

ゆっくりと押し開ける。


「――」


セレナは、その場に立ち尽くした。

アルベルトがいた。

小さな机の前に座っている。

その傍らに、探していた白いうさぎが横たわっていた。

身体には細い器具が取り付けられ、その先から何本もの線が伸びている。

胸は上下している。

生きている。

けれど、研究室で元気に跳ねていた姿とはまるで違った。

アルベルトは紙に何かを書いていた。

そして。

机の中央に置かれていたものを見て、セレナは息を呑んだ。

銀色の箱が空いている。

そこに置かれているのは銀色のブローチ。

王妃の研究室にあったものだった。

触れてはいけないと言われていた、未完成の魔道具。

その傍らで、白いうさぎが力なく横たわっている。


「……何を、しているんですの?」


アルベルトが振り返った。

驚いた様子はなかった。

見つかったことに焦る様子もない。

緑色の瞳が、静かにセレナを映す。


「実験」


ただ、それだけを答えた。


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