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私を処刑した王子を6歳から矯正してみます  作者: すなな


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第3話 何にもならなくても

婚約は、なくなった。

正確には、保留になった。

あまりにも簡単に。


「……保留、ですか?」

「ああ」


父はそう言って、いつものように紅茶を一口飲んだ。

セレナは父と母の向かいに座ったまま、何度か瞬きをした。

王宮でのお茶会から数日。

呼ばれたときには、てっきり叱られるのだと思っていた。

礼は適当に済ませた。

王太子より先に菓子を取り、それも四つも食べた。

勉強が嫌いだと言った。

礼儀作法も嫌いだと言った。

最後には、王太子妃教育など絶対にしたくないとまで言い切った。

前の人生の自分なら、卒倒していたかもしれない。

けれど、すべてわざとだ。

アルベルトに嫌われるため。

王家から、王太子妃には相応しくないと思われるため。

だから婚約がなくなるのは、望んでいた通りのはずだった。


「王妃陛下とも話した」


父が続ける。


「もともと、王家から望まれるのであれば、お前を王太子妃候補として育てるつもりだった。だが、お前が望んでいないのなら話は別だ」

「でも……」

「将来、お前とアルベルト殿下の双方が望むなら、そのとき改めて考えればいい」


父の声は穏やかだった。


「今決める必要はないだろう」

「……それで、よろしいんですの?」


思わず尋ねると、父が眉を上げた。


「お前は嫌なのだろう?」

「それは……はい」

「なら、いいじゃないか」


それで話は終わった。

セレナは呆然とした。

前の人生で十数年もの間、自分を縛り続けたもの。

王太子の婚約者。

未来の王太子妃。

それに相応しくあらねばならないという重圧。

朝から晩まで続いた教育も、失敗してはいけないという緊張も、すべてそこから始まった。


あんなにも大きかったものが。

今は。


――嫌なら、しなくていい。

それだけで消えてしまった。


「セレナ?」


母に呼ばれ、顔を上げる。


「嬉しくないの?」

「……嬉しいです」

 

そのはずだった。

望んでいた通りなのだから。

それなのに。

自室へ戻っても、妙な落ち着かなさは消えなかった。

机の前に座る。

何も置かれていない机。

前の人生なら、ここには教本が積み上げられていた。

王国史。

周辺諸国の歴史。

礼法。

語学。

音楽。

王家の系譜。

覚えることはいくらでもあった。

次に何をすればいいのか、迷ったことなどない。

いつだって、やらなければならないことがあったから。

けれど今は。


「……何をすればいいのかしら」


誰も答えてはくれなかった。





「何がしたいの?」


数日後。

王妃はあっさりと尋ねた。


「……はい?」

「せっかく時間ができたのでしょう?」


王妃は庭を歩きながら、楽しそうに言った。


「何かやってみたいことはないの?」

「やってみたいこと……」


セレナは足を止めかけた。

まただ。

答えられない。


「勉強でしたら」

「勉強がしたいの?」

「いえ」

「じゃあ、どうして勉強なの?」


セレナは黙った。

王妃は急かさない。

春の風が二人の間を抜けていった。


「……必要だからですわ」


ようやく答える。


「何に?」

「何に、とは……」


王太子妃になるため。

そう言いかけて、口を閉じた。

もう、その必要はない。


「では、刺繍は?」

「王族の女性として――」


そこでも止まる。


「語学」

「外交のために」

「歴史」

「国政を理解するため……」


答えるたびに、王妃が少し笑う。

セレナはだんだん居心地が悪くなった。


「王妃様」

「なあに?」

「わたくしをからかっていらっしゃいます?」

「少しだけ」

「王妃様!」


王妃が声を上げて笑った。

前の人生で遠くから見ていた王妃とは、随分印象が違う。

もっと静かで、近寄りがたい人だと思っていた。

けれど実際にはよく笑う。

そして、思ったことをかなりはっきり口にする。

――アルベルト様は、王妃様に似たのかしら。

一瞬そう思って、すぐに否定した。

あれは少し違う気がする。


「それで?」


王妃が尋ねる。


「セレナがしたいことは?」


また答えられなくなった。

長い沈黙のあと、セレナは小さく言った。


「……分かりません」

「そう」

「おかしいでしょうか」

「どうして?」

「自分のことなのに、分からないなんて」


王妃は少し考えた。

それから、さも簡単なことのように言った。


「分からないなら、いろいろやってみればいいじゃない」

「いろいろ?」

「やってみて、つまらなければやめればいいのよ」


セレナは目を瞬いた。


「やめてもいいんですの?」

「嫌なのに続ける必要がある?」


まただ。

この人と話していると、ときどき今まで自分が信じていたものが、ひどく簡単にひっくり返される。


「でも、それでは何にもならないかもしれません」

「何にもならなくてもいいじゃない」


王妃は笑った。


「楽しいかもしれないでしょう?」


その考え方は、セレナにはよく分からなかった。

何の役にも立たないことをする。

何にもならないかもしれないことに時間を使う。

そんな時間が、自分にあっただろうか。


「ちょうどいいわ」


王妃が立ち止まった。


「今日は私の研究室にいらっしゃい」

「研究室?」

「そう。まずは一つ目ね」


何が一つ目なのか分からないまま、セレナは王妃についていった。


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