第26話 幸福な結末
扉が開く。
春の光が差し込んだ。
その向こうに、父が待っていた。
セレナを見ると、一瞬だけ目を細める。
「お父様」
「ああ」
それだけ言って、父は腕を差し出した。
セレナはその腕に手を添える。
幼い頃は、この腕に抱き上げられていた。
いつからだろう。
父の隣を、自分の足で歩くようになったのは。
「行くか」
「はい」
教会へ続く扉が開いた。
月白草に囲まれた祭壇。
その前に、アルベルトが立っている。
セレナを見た瞬間、彼は動かなくなった。
父と一緒に、一歩ずつ進む。
長い赤絨毯はない。
ほんの短い道だった。
それなのに父は、いつもよりゆっくり歩いているような気がした。
祭壇の前まで来る。
アルベルトはまだセレナを見ていた。
「アル」
呼ぶと、ようやく瞬きをした。
「……綺麗」
少し掠れた声だった。
セレナが笑う。
「アルベルト殿下」
「はい」
父の声に、アルベルトがまっすぐ向き直った。
しばらくの沈黙。
「セレナを頼みます」
「はい」
父がセレナの手を取り、アルベルトの手の上へ重ねる。けれど、すぐには離れなかった。
ほんの一瞬。
父の手が、二人の手の上に残る。
「お父様?」
「……いや」
ようやく手が離れた。
「幸せになれ」
胸の奥が、きゅっとした。
「はい」
父は一度だけ頷き、母の隣へ戻っていく。
残された手を、アルベルトがそっと握った。
セレナも握り返す。
二人で祭壇へ向き直った。
神父の声が、静かな教会に響く。
生涯を共にすること。
互いを尊び、支えること。
健やかな日も。
そうでない日も。
「誓いますか」
「誓います」
アルベルトの声は、いつもより少しだけ低かった。
神父がセレナを見る。
「誓いますか」
「誓います」
自分の声が、思ったよりもはっきり響いた。
その余韻の向こうで、誰かが鼻をすする音がした。
母だった。
やっぱり泣いている。
隣に座る父が、無言でハンカチを取り出した。
母は気づかない。
父は少しだけ眉を寄せると、そのまま母の顔にハンカチを押し当てた。
セレナは思わず笑った。
けれど。
ハンカチの向こうで、それでも泣いている母を見ていたら。
笑っていたはずなのに、視界が滲んだ。
王妃と目が合う。
こちらも目元が赤い。
それでも、いつものように笑っている。
その隣には、ルシアン。
いつの間に、こんなに大きくなったのだろう。
セレナと目が合うと、嬉しそうに笑った。
母がいて。
王妃がいて。
ルシアンが、こんなに大きくなって。
――ああ。
変わったのだ。
父が母の顔にハンカチを押しつけて。
母がそれを鬱陶しそうに払いながら泣いている。
王妃が笑っている。
ルシアンも笑っている。
そんな、何でもない光景を。
自分は今、見ている。
あの処刑台が、ひどく遠くに思えた。
頬に指先が触れる。
アルベルトだった。
こぼれた涙を、そっと拭う。
何も聞かない。
セレナはその手に、少しだけ頬を寄せた。
◇
誓いのあと、付き人が小さな箱を差し出した。
アルベルトが蓋を開ける。
「あら」
中にあったのは、指輪ではなかった。
二つの耳飾り。
緑と、青。
「ピアス?」
「うん」
「指輪ではありませんの?」
アルベルトは緑の宝石を手に取った。
「研究するとき、外すでしょう」
「指輪を?」
「邪魔になるし。外して、なくしたら嫌だから」
セレナは思わず笑った。
「アルがなくすかもしれませんわよ」
「だから僕もこっち」
妙に真剣な顔をしている。
セレナは髪を耳にかけた。
「では、お願いします」
アルベルトが近づく。
指先が、そっと耳に触れた。
いつもなら気にも留めない距離なのに、今日は少しくすぐったい。
緑の宝石が耳元で揺れる。
アルベルトの瞳と同じ色。
「似合う」
「ありがとうございます」
今度はセレナが、青い耳飾りを手に取った。
何も言わなくても、アルベルトが身を屈める。
金色の髪を避けて、その耳につけた。
セレナの瞳と同じ青。
「どう?」
「よく似合っていますわ」
アルベルトが笑った。
セレナは自分の耳元に触れる。
そこには、アルベルトの色がある。
「セレナ」
「はい?」
「僕、泣きそう」
セレナはアルベルトを見る。
「嬉しくて」
本当に、その目に涙が溜まっていく。
セレナは笑った。
アルベルトも、泣きながら笑った。
◇
式を終えて教会の外へ出ると、春の風が頬を撫でた。
教会の脇には、月白草が咲いている。
セレナが足を止めると、アルベルトも隣で止まった。
「今年も綺麗ですわね」
アルベルトが一輪へ手を伸ばす。
けれど、摘まずに手を引いた。
「残しておこう」
「ええ」
「また見に来る?」
「もちろん」
「来年?」
「来年も」
「その次は?」
セレナは笑った。
「その次も」
アルベルトはもう、月白草を見ていなかった。
セレナも彼を見る。
目が合う。
春の風に髪が揺れ、頬にかかった。
アルベルトがそっと指で避ける。
その指先が、緑の耳飾りに触れた。
セレナは何も言わず、その手を取る。
すぐに指が絡んだ。
来年も。
その次も。
その先も。
そんな未来を、今は当たり前のように口にできる。
月白草が、春の風に揺れていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
本作は『処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません』から分岐した、アルベルトルートのお話です。
セレナに矯正されることのなかったアルベルトを覗いてみたい方は、ぜひそちらもどうぞ。
『処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません』(レオンルート)はこちら↓
https://ncode.syosetu.com/n9800mo/
また明日、おまけ「アルベルトのインタビュー」も掲載予定です。
次回作は『私の知らないところでヤンデレ夫たちが何かしています』
アルベルトルートで幸せに暮すセレナ達が、レオンルートでの記憶をもつレオンと関わっていくとどうなるのか。
ヤンデレ要素、三角関係+少しBL要素ありのお話になる予定です。
アルベルトとレオンが違う方向に病んでいく姿を楽しんでいただけたら、と思っています。
最後までセレナとアルベルトを見届けてくださり、本当にありがとうございました!
すなな




