第19話 広がる道
ヴァレン商会から第二便が届いたのは、翌日の昼だった。
「第二医療院、受け取りました」
「東区の施療所も問題ありません」
報告を聞きながら、セレナは帳簿に線を引いた。
昨日まで空欄ばかりだった在庫欄に、数字が戻っている。
「第三便は?」
「明後日の予定です」
王妃が帳簿を覗き込んだ。
「それなら持ちそうね」
「はい」
薬草は足りる。
少なくとも、明日の分を心配する必要はなくなった。
「西区で新たに八名です」
地図に、新しい印が増えた。
セレナはそちらを見る。
薬草が届いても、赤い点は増え続けている。
「母上!」
扉が開いた。
ルシアンが紙を片手に入ってくる。
「気になることがある」
「何?」
「この宿」
地図の一点を指した。
先日、臨時の施療所にした東区の宿だった。
「ここだけ、周りであまり患者が増えてない」
王妃が顔を上げる。
「どういうこと?」
「分からなかったから、聞いてきた」
もう一枚、紙が置かれる。
「病人を入れ始めてから、普通の客はほとんど泊めてないんだって。食事を運ぶ人も中には入らない。外で渡してる」
セレナは地図へ目を落とした。
赤い印の多い場所を、指で追う。
市場。
教会。
宿場。
「……人が集まるところ」
隣でアルベルトが呟いた。
「市場の周辺は?」
「多いよ」
「教会は?」
ルシアンが紙をめくった。
「礼拝日のあとに増えてる」
王妃が地図を引き寄せる。
「他も調べましょう」
「宿場も」
アルベルトが別の紙を取った。
「最初に街道沿いで広がったなら、人の出入りと比べたい」
「分かった」
ルシアンが扉へ向かう。
「ルシアン」
「何?」
「自分で全部回らない」
「分かってる!」
扉が閉まった。
アルベルトがそれを見送る。
「分かってないね」
セレナは少し笑った。
◇
報告が揃ったのは、夕方だった。
「市場周辺、多いです」
「こちらは礼拝日のあとから」
「宿場も同じです」
研究台に紙が重なっていく。
セレナは一枚ずつ地図と照らし合わせた。
人が集まる場所ほど、印が多い。
一方、臨時の施療所にした宿の周辺は少ない。
「人から人へ広がっている可能性が高いわね」
王妃の言葉に、セレナは顔を上げた。
「でしたら、人が集まる機会を減らせば」
「市場を閉める?」
「すべて閉めたら生活できませんわ」
「時間を分けよう」
アルベルトが地図に指を置く。
「地区ごとなら、一度に集まる人数を減らせる」
「教会も同じね」
「礼拝日を分けてもらいましょう」
「宿は?」
「食事の時間をずらすのはどうでしょう」
王妃が頷いた。
「すぐに手配しましょう」
話が決まるたび、紙が侍従の手へ渡っていく。
市場へ。
教会へ。
宿へ。
セレナはその様子を目で追った。
「セレナ」
「はい?」
「楽しそう」
アルベルトだった。
「病が広がっているのに、そんなわけありませんわ」
「でも、さっきからずっとそれ」
指先が、セレナの口元を示した。
触れてみる。
確かに、少し上がっている。
「……不謹慎ですわね」
「そうじゃないよ」
アルベルトは地図へ目を戻した。
「やることが見つかったからでしょう」
セレナは何も言わなかった。
研究室の扉が開き、新しい報告が届く。
すぐにペンを取った。
今度は、赤い印ではなく。
人が集まる場所に、ひとつずつ印をつけていった。




