↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を処刑した王子を6歳から矯正してみます  作者: すなな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/26

第18話 ヴァレン商会

「第一便が到着しました!」


朝の鐘が鳴るより早く、研究室に声が響いた。

セレナは帳簿から顔を上げた。


「東門の倉庫ですわね」

「はい。ヴァレン商会の馬車が六台。すでに荷下ろしが始まっています」


予定より早い。

セレナはペンを置いて立ち上がった。


「では、わたくしも――」

「だめ」


手首を掴まれた。

振り返る。

長椅子で眠っていたはずのアルベルトが、いつの間にか起きていた。


「ここにいて」

「ですが、薬草の振り分けはわたくしが――」

「ここでできるよ」

「現物を確認した方が早いですわ」

「人が多いから、だめ」


セレナは瞬いた。


「倉庫ですわよ?」

「商人も荷運びも出入りする。東門から来た人間も多い」


それだけ言うと、アルベルトは侍従へ顔を向けた。


「品目と数量を確認したら、ここへ持ってきて。荷は降ろさなくていい。そのまま医療院へ回す」

「承知いたしました」

「第一医療院に二台、第二に二台。残りは?」


セレナを見る。

行かせるつもりはないくせに、仕事は普通に振ってくる。

セレナは昨日の帳簿を開いた。


「第三医療院に一台。残りは東区の臨時施療所へお願いします」

「だって」

「はい!」


侍従が走っていった。

セレナは掴まれたままの手首を見る。


「アル」

「何?」

「もう行きませんわ」

「うん」


それでも、手は離れなかった。


「……離していただけます?」


ようやく指がほどける。

セレナは何事もなかったように椅子へ戻った。

アルベルトも、その隣へ座った。


「随分心配性になりましたわね」

「だめなの?」

「……いいですけど」


アルベルトの口元が少し緩んだ。





ヴァレン商会の仕事は、驚くほど速かった。

第一便の荷が医療院へ届く前に、第二便の出発予定が届いた。

箱ごとに品目と量が記され、届け先ごとに分けられている。

こちらで積み替える必要すらなかった。


「第二医療院、受け取り完了です」

「不足は?」

「ありません」

「東区の施療所も届きました!」


朝から途切れることのなかった報告が、昼を過ぎた頃には少しずつ落ち着き始めた。


セレナはヴァレン商会から届いた明細をめくる。


「すごいですわね」


隣にいたアルベルトが顔を上げた。


「何が?」

「ヴァレン商会です」


注文を受けたのは、ほんの数日前。

それなのに、必要な量を揃え、輸送手段まで確保し、到着後すぐ各医療院へ回せる状態にしている。


「これほど早く動ける商会は、王都にもなかなかありませんわ」

「そうだね」

「交渉はどなたとなさったんです?」

「会長」


セレナの手が止まる。


「会長自ら?」

「たまたま王都に来てたから」

「まあ」


ますます興味が湧いた。

セレナは明細へ視線を戻す。

品目の選び方にも無駄がない。

こちらが何を必要としているか、よく分かっている。


「わたくしも一度、取引してみたいですわ」


明細を眺めながら言うと、隣で紙をめくっていたアルベルトの手が止まった。


「やめた方がいいよ」

「どうしてです?」

「会わせたくないやつがいる」


セレナは顔を上げた。


「ヴァレン商会に?」

「うん。女の人に慣れてるし、距離も近い」

「距離が?」

「近いよ。すぐ顔を寄せるし、触るし」


セレナはしばらくアルベルトを見た。


「……アル以上に距離の近い方なんて、いらっしゃいます?」

「僕はいいの」

「なぜです?」

「僕だから」


何の説明にもなっていない。

けれど本人はそれで話が済んだらしく、また書類へ目を落とした。


「それに、女関係がひどいって噂だよ」

「まあ」

「だから会わない方がいい」


セレナは明細に記されたヴァレン商会の名を見る。

仕事は早い。

判断も的確。

これほどの量を、あの短時間で通常価格のまま揃えている。


「なんだか、モテそうな方ですわね」


紙をめくる音が止まった。

セレナが顔を上げると、アルベルトがこちらを見ていた。


「……そこ?」

「仕事ができて、女性にも慣れているのでしょう?」

「だから嫌なんだけど」

「わたくしには関係ありませんわ」

「あるよ」

「ありません」


アルベルトはしばらく黙っていた。

やがて椅子を立つと、セレナの後ろへ回る。

腰に腕が回った。

ぽす、と肩に顎が乗る。


「アル」

「何?」

「近いです」

「うん」

「先ほど、距離の近い男性はよくないとおっしゃっていませんでした?」

「僕はいいの」


またそれだ。


「随分勝手ですわね」

「だめなの?」

「……いいですけど」


肩口で、アルベルトが小さく笑った。

腰に回った腕が少しだけ強くなる。


「それなら、わたくしは大丈夫ですわね」

「何が?」

「男性に近づかれることです。アルで慣れていますもの」


今度は返事がなかった。

肩に乗っていた顎が、ゆっくりと上がる。


「……それは嫌だな」

「なぜです?」

「僕に慣れるのはいいけど」


頬に、柔らかな金髪が触れた。


「他の男に慣れるのは嫌」

「無茶ですわ」

「うん」


さらりと認める。

セレナは呆れて明細へ目を戻した。


「では、ヴァレン商会との取引はアルにお任せします」

「うん」


ようやく満足したらしい。

そう思った直後。

耳に、柔らかなものが触れた。

かぷ。


「……っ!」


セレナは耳を押さえて振り返った。


「今、噛みました?」

「うん」

「なぜですの?」


アルベルトは少し考えて。


「なんとなく」

「なんとなくで噛まないでくださいませ」

「だめなの?」

「駄目です」

「これは駄目なんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。