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私を処刑した王子を6歳から矯正してみます  作者: すなな


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第17話 流行り病

アルベルトがヴァレン商会へ向かった翌朝。


王都で、最初の患者が確認された。

東門近くの宿で三人。

昼には第二医療院にも、同じ症状の患者が運び込まれた。

翌日、東区の薬師から解熱薬が消えた。

そして三日目。


「第三医療院、満床です!」


研究室の扉が勢いよく開いた。


「東区の施療院へ回して」


王妃は地図から顔を上げることなく答えた。


「第二医療院から薬草の追加要請です」

「セレナ」

「今出せるのは、これだけです」


セレナは用意していた紙を差し出した。


「これ以上回すと、明日の分がありません」


昨日まで薬草を広げていた研究台は、地図と報告書で埋め尽くされている。

扉が閉まる。

息をつく間もなく、また開いた。


「西区でも発熱者が出ました!」


地図に、新しい印が増える。

もう東区だけではなかった。


「ヴァレン商会からは?」


王妃が尋ねる。


「まだ――」

「確保できたよ」


聞き慣れた声に、セレナが顔を上げた。

アルベルトが扉の前に立っていた。

薄い金髪はいつにも増して乱れ、長い前髪が目元に落ちている。

ひどく疲れて見えるのに、緑の瞳だけは冴えていた。

そのまま研究台まで来ると、書類を広げる。


「月白草、白鈴花、リュカの葉。頼まれた分は全部」

「全部?」


王妃が書類を取った。


「北部の倉庫にあった。一度に運ぶより分けた方が早いから、三便にしてもらった。第一便は明日の朝」

「価格は?」

「そのまま」


王妃の手が止まった。


「この状況で?」

「値上げしないって」


セレナも書類を覗き込んだ。

数量を追って、目を見開く。

これだけあれば。

止まりかけていた医療院へ、もう一度薬を回せる。


「すごいですわ、アル」


顔を上げると、目が合った。

先ほどまで鋭かった緑の瞳が、ふっと緩む。


「うん」


口元にも、小さな笑みが浮かんだ。


「よくやったわね」


王妃が言う。


「うん」


同じ返事。

けれど。

セレナはなんとなく、さっきの方が嬉しそうだった気がした。


「これなら第二医療院へ、もう一箱回せます」

「そうしましょう」


セレナはすぐに帳簿を開いた。

止まりかけていたものが、また動き始めた。





夕方になっても、研究室の慌ただしさは変わらなかった。


「母上」


扉から顔を覗かせたのはルシアンだった。


「使えそうな宿があるって」


王妃が顔を上げる。


「宿?」

「東区。今は客が少なくて、部屋がかなり空いてるらしいよ」


ルシアンが地図の一点を指した。

セレナも覗き込む。


「第二医療院から近いですわね」

「商人組合で話してたら教えてもらったんだ。二十人くらいなら入れるって」


王妃が地図を見つめる。


「寝台が足りないわね」

「近くの教会から借りられるかもしれないって。宿の人が、前にも借りたことがあるって言ってた」

「それなら確認しましょう」


王妃が新しい印をつける。


「条件が合えば、臨時の施療所に使えるわ」

「分かった」

「あとは、こちらで話を進めるわ」


ルシアンが頷く。


「あ。それと馬車」

「馬車?」

「商人組合から四台出せるって」


セレナは思わず顔を上げた。


「馬車まで見つけてきたんですの?」

「僕が探したんじゃないよ」


ルシアンは不思議そうに首を傾げた。


「薬草を運ぶ馬車が足りないって話してたら、貸せるって」


まただ。

ルシアンが話を聞きに行くと、いつの間にか話す相手が増えている。

そして今度は、その誰かが手を貸してくれる。

本人だけが、それを不思議とも思っていない。


「兄上、使う?」


少し離れたところで書類を確認していたアルベルトが顔を上げた。


「四台?」

「うん」

「使う。明日の第一便を、そのまま医療院へ運べる」

「じゃあ、商人組合に返事してくる」

「お願い」

「分かった」


ルシアンは来たときと同じ勢いで出ていった。


「お忙しい方ですわね」


セレナが笑う。

王妃も少し笑って、また地図へ目を戻した。

セレナは帳簿に新しい施療所を書き加える。


「第一便は、朝の鐘より前ですのよね」

「うん」


アルベルトの声が近づいた。


「受け渡しは?」

「東門の倉庫」

「では、馬車を――」


腰に腕が回った。

ぽす、と肩に顎が乗る。

セレナのペンが止まった。


「……アル?」

「なに?」

「何をしていらっしゃるんですの?」

「休憩」

「ここで?」

「うん」


ふわりとバニラが香る。

朝、研究室へ戻ってきてからも、アルベルトはほとんど休んでいない。

書類を確認して。

届いた報告に目を通して。

必要な指示を出して。

気づけば、もう夕方だ。

セレナはそのまま帳簿へ目を戻した。


「西区の施療院にも回せそうですわ」

「うん」

「第一医療院はこちらで?」

「それでいいよ」


返事はすぐに返ってくる。

仕事をする気はあるらしい。


離れる気がないだけで。


「新しい施療所が使えるようでしたら、そちらにも一台必要ですわね」

「うん。残りは空けておこう」

「何かあったときのために?」

「そう」


帳簿に書き込む。

肩口から、小さな欠伸が聞こえた。


「アル」

「なに?」

「眠いんですの?」

「少し」

「お休みになったら?」

「休んでるよ」

「どこで?」

「ここ」


頬が、セレナの髪に埋まる。


「……それは休憩とは言いませんわ」

「そう?」

「お部屋で横になった方がよろしいのではなくて?」


少し間があった。


「ここがいい」


ペン先が止まる。

こういうことを、何でもない声で言う。

昔からずっとそうだ。

セレナは肩にかかる重みを感じながら、小さく息を吐いた。


「……少しだけですからね」

「うん」


返事だけは早かった。

肩にかかる重みが、ほんの少し増す。


「アルベルト」


王妃の声が飛んできた。


「第二便はいつ?」

「昼前」

「第三便は?」

「明後日の朝」


眠そうな声なのに、返事には迷いがない。

王妃は「そう」とだけ言って、次の報告書を開いた。

アルベルトも、またセレナの肩へ重みを預ける。

セレナは少しだけ口元を緩めた。


「何?」

「なんでもありませんわ」

「笑ったでしょう」

「笑っていません」

「笑った」

「眠いのに、そういうことには気づくんですのね」


返事はない。


「アル?」


今度こそ眠ったのかと思ったら。


「聞いてるよ」


セレナはとうとう笑った。

研究室では、まだ仕事が続いている。

王妃が報告書を開き、地図には新しい印が増えていく。

人の出入りも途切れない。

その中でアルベルトだけが、セレナにくっついたまま動かない。

窓の外から、夜の鐘が聞こえた。

セレナは帳簿の最後に、到着予定を書き込む。

朝の鐘より前。

東門倉庫。

明日。


ヴァレン商会から、最初の薬草が届く。



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