第13話 九歳
九歳になったアルベルトは、少し背が伸びた。
けれど。
「セレナ」
長椅子の隣を叩かれる。
「わたくし、書類を読んでいるんですけど」
「ここでも読めるよ」
仕方なく隣へ座ると、すぐに肩が触れた。
ふわりとバニラが香る。
これも、もうすっかり慣れてしまった。
セレナはそのまま書類を開いた。
一枚。
二枚。
袖を引かれる。
無視する。
また引かれた。
「……アル」
見ると、アルベルトが自分の頭を指さした。
「ご自分から要求なさるようになりましたわね」
「だめなの?」
「だめではありませんけど」
さらさらの金髪を撫でる。
一度。
二度。
そこで手を離すと、また袖を引かれた。
「もう終わりです」
「まだ」
「九歳にもなって」
そう言いながら、もう一度撫でる。
アルベルトが目を細めた。
二年前と変わらない。
そう思った、そのときだった。
「セレナ」
「はい?」
アルベルトが顔を上げる。
少し首を傾げて。
緑の瞳で、下からこちらを見た。
「かわいい?」
「…………」
セレナの手が止まった。
「何がです?」
「僕」
さらりと金髪が頬へ落ちる。
「…………」
可愛い。
これは、可愛い。
七歳の頃は、ルシアンの真似をして頭を差し出していただけだったのに。
今のは何だ。
「……可愛いですわ」
「ほんと?」
「ええ」
答えた途端。
アルベルトが、にこりと笑った。
その顔を見て。
セレナは眉を寄せた。
「……アル?」
「なに?」
「今の、もう一度やってくださいませ」
「嫌」
「なぜですの!?」
アルベルトはセレナの肩へ頭を戻した。
「もう可愛いって言ってもらったから」
「…………」
やられた。
何にとは分からない。
でも、やられた気がする。
セレナはしばらく金色の頭を見下ろしていた。
やがて、もう一度撫でる。
「アル」
「なに?」
「もう一回だけ」
「何を?」
「……なんでもありません」
アルベルトが小さく笑った。
顔は見えない。
けれど、たぶん。
満足そうな顔をしている。
セレナはそのことに、まだ気づかないふりをした。




