第10話 バニラ
それからしばらくして。
セレナは、妙なことに気がついた。
「……アル?」
「なに?」
「少しこちらを向いてくださいませ」
アルベルトが本から顔を上げる。
セレナはその前髪へ手を伸ばした。
さらり。
薄い金髪が、指の間を抜けた。
「やっぱり」
「なに?」
「髪ですわ」
以前は、王子らしくきちんと整えられていた。
触れば少し硬かったはずなのに。
今は違う。
額へ落ちた髪を払って、そのまま撫でる。
さらさらしている。
もう一度。
「セレナ」
「はい?」
「何回するの?」
手が止まった。
「……そんなにしていました?」
「四回」
数えられていた。
セレナはそっと手を引っ込めた。
「申し訳ありません」
「別にいいよ」
そう言って、アルベルトはまた本へ目を落とす。
ところが。
少しだけ、頭がこちらへ傾いた。
「…………」
これは。
もう一度撫でてもいい、ということだろうか。
試しに撫でる。
何も言わない。
もう一度。
やっぱり何も言わない。
なんだか猫のようだ。
セレナは少し笑った。
「何?」
「いいえ」
また撫でた。
◇
別の日。
庭の木陰で本を読んでいると、隣にアルベルトが座った。
最近では、わざわざ顔を上げなくても分かる。
ふわりと漂う、甘い香り。
セレナは頁をめくる手を止めた。
「……バニラ」
「なに?」
「アルからします」
自分でも確かめるように、少しだけ近づく。
やっぱりそうだ。
先日食べた焼き菓子とよく似た、柔らかな香り。
「いい香りですわね」
アルベルトは何も言わなかった。
そのまま本を開く。
セレナも続きを読み始めた。
風が吹く。
さらさらとした金髪が揺れて、また甘い香りがした。
なんとなく心地いい。
そのまましばらく本を読んでいたけれど。
ふと、肩に重みがかかった。
「アル」
「疲れた」
「でしたら、お部屋で休まれては?」
「ここがいい」
最近、こういうことが増えた。
隣に座る。
肩にもたれる。
手を繋ぎたがる。
そしてセレナが何か言うと、
「だめなの?」
と聞く。
そのたびに。
だめではないので、困る。
今日も結局、そのままにした。




