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俺は一度深く息を吐く。
(……今は考えるのはやめよう。)
頭の中を整理しようとしても、答えは出ない。
小紫さん本人に聞くわけにもいかない。
そう自分へ言い聞かせると、机の中へ置きっぱなしになっていたスマートフォンを手に取った。
「危なかった……。」
ポケットへしまい、教室を後にする。
静かな廊下を足早に歩き、昇降口を抜けると、そのまま校門へ向かった。
すると――。
「朝陽!」
一番に俺を見つけた黄瀬が、大きく手を振る。
その隣には神白さん、青嶌さん。
そして何事もなかったような穏やかな笑みを浮かべる小紫さんの姿もあった。
「遅いぞ!」
黄瀬が腕を組みながら文句を言う。
「もう置いて帰ろうかって話してたんだからな!」
「悪い悪い。」
俺が苦笑すると、
「ふふっ。」
小紫さんが小さく笑った。
「どうやら、私の方が早かったみたいですね。」
「う、うん。」
俺は一瞬だけ小紫さんの顔を見る。
さっきまで電話をしていた人物と、本当に同一人物なのかと思うほど、いつも通りの優しい笑顔だった。
「北条先生に少し呼び止められてさ。」
とっさにそんな言葉が口をついた。
「そうだったんですね。」
小紫さんは何一つ疑う様子もなく微笑む。
「先生のお話なら仕方ありませんね。」
「じゃあ!」
青嶌さんがパンッと手を叩いた。
「全員揃ったことだし、帰ろっか!」
「そうだな。」
俺は返事をしながら歩き出す。
四人の笑い声が耳に入る。
だけど――。
俺だけは、さっき聞いてしまった電話の内容が頭から離れなかった。
小紫さんの横顔を見つめながら、胸の奥に生まれた小さな疑念だけが、静かに大きくなっていくのを感じていた。
翌朝――。
いつも通り学校へ着き、教室へ向かう。
だが、俺の頭の中は昨日の出来事でいっぱいだった。
(……やっぱり、一人で抱え込むのは違う。)
そう思った俺は、教室へ入るなり青嶌さんへ近付いた。
「青嶌さん。」
「少し話があるんだけど。」
「ん?」
青嶌さんは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「できれば……二人で。」
俺が真剣な表情でそう言うと、青嶌さんも何かを察したのか、笑顔を引っ込めて小さく頷いた。
「分かった。」
「屋上でいい?」
「うん。」
ホームルームが始まる前。
俺たちは人気のない屋上へ向かった。
朝の風が静かに吹き抜ける。
青嶌さんはフェンスにもたれながら俺を見る。
「それで?」
「何があったの?」
俺は一度深呼吸をした。
「昨日、スマホを教室に忘れて取りに戻帰った時…。」
「うん。」
「その時、小紫さんが電話してるのを聞いてしまった。」
青嶌さんの表情がわずかに変わる。
「電話?」
「うん。」
「『定期連絡を怠ってしまい申し訳ありません。神白伊吹の周辺に目立った動きはありません』って……。」
青嶌さんは黙って続きを促す。
「それだけじゃない。」
「入学初日、あの襲われた後……。」
「あの時も街路樹の陰で、小紫さんが誰かと電話してたのを思い出したんだ。」
「その時は気にも留めなかった。」
「でも昨日の電話を聞いて、あの時のことが頭をよぎって……。」
「もしかしたらって。」
俺は拳を握る。
「もちろん、俺の勘違いかもしれない。」
「小紫さんを疑いたいわけじゃない。」
「だからこそ、青嶌さんに相談したかった。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて青嶌さんはゆっくりと息を吐いた。
「……そうだったんだ。」
その表情から笑顔は消えていた。
「私も……。」
「友達を疑いたくはありませんが……。」
「……友達を疑いたくはありません。」
青嶌さんはそう言うと、一度目を閉じ、小さく息を吐いた。
「ですが……。」
「小紫さんが伊吹様の情報を流していた可能性も、捨てきれないのも事実です。」
俺は思わず俯く。
「やっぱり……そう思うよな。」
「でも。」
「俺にはどうしても信じられないんだ。」
「小紫さんがそんなことをする人には見えなくて。」
青嶌さんも静かに頷く。
「私も同じです。」
「一緒に笑って、一緒に文化祭の準備をして……。」
「そんな人が裏で伊吹様を危険に晒すようなことをするとは、今でも思いたくありません。」
「だったら……。」
俺は青嶌さんを見る。
「確かめるしかない。」
青嶌さんは少し考え込むように視線を落とした。
「はい。」
「ですが、この件はまだ私たち二人だけの胸に留めておきましょう。」
「神白さんにも?」
「はい。」
青嶌さんは真剣な眼差しで俺を見る。
「もし黒鉄君の聞き間違いや、何か別の事情だった場合。」
「根拠もなく疑われることになるのは、小紫さんがあまりにも可哀想です。」
「だから今は、何も知らないふりをしてください。」
「私も、護衛として……そして友達として。」
「必ず真実を確かめます。」
その言葉には、いつもの明るい青嶌さんではなく、護衛としての強い覚悟が込められていた。
俺は静かに頷く。
「うん。」
「分かったよ。」
二人は互いに顔を見合わせる。
胸の中のモヤモヤは晴れない。
それでも今は、小紫さんを信じたい気持ちの方が、まだ少しだけ大きかった。




