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「ふぅー!」
黄瀬が大きく伸びをする。
「今日はここまでだな!」
「腹減ったー!」
「黄瀬君は、そればかりですね。」
小紫さんが苦笑する。
文化祭の準備も一区切りつき、俺たちは帰り支度を始めていた。
「じゃあ今日もみんなで帰ろうか。」
青嶌さんの一言に、
「賛成!」
「帰りましょう。」
神白さんも微笑みながら頷く。
荷物をまとめ、五人で教室を出ようとした、その時だった。
ブルルルッ。
小紫さんのスマートフォンが静かに震える。
「あ……。」
画面を見た小紫さんの表情が、ほんの一瞬だけ強張る。
「すみません。」
「少しだけ電話に出ますので、皆さんは先に帰っていてください。」
「え?」
黄瀬が首を傾げる。
「一緒に帰らねぇの?」
「はい。」
「すぐ終わると思いますので。」
「私も後から帰ります。」
いつもの柔らかな笑顔だった。
だから俺たちも深くは気にしなかった。
「じゃあ、また明日!」
黄瀬が手を振る。
「また明日。」
「お気を付けて。」
小紫さんは軽く会釈をすると、そのまま教室へ戻っていく。
俺たちは四人で昇降口へ向かって歩き始める。
文化祭の準備の話で盛り上がりながら歩いていると、不意に制服のポケットへ手を入れた。
「……あ。」
嫌な予感がする。
右のポケット。
左のポケット。
鞄の中も探してみる。
「ない……。」
思わず立ち止まった。
「ん?」
黄瀬が振り返る。
「どうした朝陽?」
「スマホ。」
「教室に忘れてきた。」
「ごめん。」
「ちょっと取ってくる。」
そう言って引き返そうとすると、
「黒鉄君。」
神白さんが少し心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫ですか?」
「うん。」
「教室まで戻るだけだから。」
その時、青嶌さんがニコッと笑った。
「じゃあさ!」
「私たちは校門で待ってようよ。」
「そうですね。」
神白さんも頷く。
黄瀬が親指を立てる。
「朝陽!」
「五分以内!」
「遅かったらアイス一本な!」
「なんでだよ。」
思わず苦笑する。
「すぐ戻るって。」
「じゃあ校門で待ってるね!」
青嶌さんはいつもの明るい笑顔を浮かべた。
神白さんも優しく微笑む。
「お待ちしています。」
四人へ軽く手を振ると、俺は一人、来た道を引き返した。
放課後の校舎は、さっきまでの賑やかさが嘘のように静まり返っている。
教室の扉へ手を掛けようとした、その時――。
「……申し訳ありません。」
聞き覚えのある声が耳に届く。
(小紫さん……?)
思わず足を止める。
教室の中を覗くと、小紫さんが窓際に立ち、小さな声でスマートフォンへ話しかけていた。
「定期連絡を怠ってしまい、申し訳ありません。」
いつもの穏やかな声。
だが、その口調は学校で見せるものとは少し違っていた。
「はい。」
「現在、神白伊吹の周辺に目立った動きはありません。」
俺の心臓が一つ、大きく脈を打つ。
(神白さん……?)
小紫さんは周囲を確認すると、さらに小さな声で続けた。
「何か変化がありましたら、すぐにご報告いたします。」
「……はい。」
短く返事をすると、通話はそこで切れた。
小紫さんはスマートフォンを制服のポケットへしまい、そのまま教室の出口へ向かって歩き出す。
俺は慌てて隣の教室へと身を隠した。
小紫さんは何事もなかったかのように廊下を歩き去っていく。
静まり返った教室に、一人取り残された俺は、その場から動けない。
(……どういうことだ。)
(なんで、小紫さんが神白さんのことを……?)
頭の中に、次々と疑問が浮かんでは消えていく。
その時だった。
ふと、入学初日の出来事が脳裏によみがえった。
――公園。
青嶌さんが真剣な表情で皆を見渡し、静かに言った。
『神白さんが今日この高校へ入学し、この時間に、この道を通ることを知っていました。』
その言葉に、その場の空気が一変した。
『偶然とは思えません。』
『つまり――』
『誰かが情報を流した可能性があります。』
その瞬間、俺も同じことを考えた。
(内部に……情報を流した人間がいる?)
そして、その直後だった。
俺は襲われた路地を離れる途中、ほんの一瞬だけ小紫さんの姿を見かけた。
街路樹の陰。
スマートフォンを耳に当て、誰かと話している。
その時は、誰かと電話をしているだけだと思った。
深く考えることもなく、そのまま通り過ぎた。
だけど――。
(まさか……。)
今、目の前で聞いてしまった電話の内容。
『神白伊吹周辺に目立った動きはありません。』
あの日の電話。
そして、今日の電話。
二つの出来事が一本の線で繋がった気がした。
(いや……。)
(待て。)
(まだ決まったわけじゃない。)
(ただ電話をしていただけかもしれない。)
そう自分に言い聞かせても、胸の奥に生まれた疑念は消えてくれなかった。




