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「希望がある人は手を挙げてくださーい!」
その一言で、再び教室が賑やかになった。
「俺、厨房!」
「私は装飾!」
「レジやりたい!」
それぞれが希望を口にする中、
「私は……。」
神白さんがおずおずと手を挙げた。
「接客を、やってみたいです。」
その言葉に教室中が少し驚く。
「神白さんが?」
「いいじゃん!」
「絶対似合う!」
「袴姿とか最高じゃん!」
神白さんは少し照れながら微笑んだ。
「接客のお仕事は、経験がありません。」
「だからこそ、一度やってみたいと思いまして。」
「決まり!」
学級委員が名簿へ書き込む。
「神白さん、接客担当ね!」
「はい。」
神白さんは嬉しそうに頷いた。
「黒鉄君は?」
突然話を振られる。
「俺?」
「うーん……。」
何となく神白さんの方を見る。
「じゃあ俺も接客で。」
「よし!」
「黒鉄も接客!」
すると、
「待ったぁ!」
黄瀬が勢いよく立ち上がる。
「朝陽が接客なら俺も接客!」
「いや、お前は却下。」
学級委員が即答する。
「なんで!?」
「お前は落ち着きがないし。」
「注文わすれるだろ。」
教室中が笑いに包まれる。
「じゃあ厨房で!」
「はい決定。」
「くそぉ……。」
黄瀬は大げさに肩を落とした。
「私は神白さんと同じ接客で。」
青嶌さんも自然と立候補する。
「私も接客を希望します。」
小紫さんも静かに手を挙げた。
「お客様をご案内するくらいでしたら、お役に立てるかと思います。」
「よし!」
「接客は神白さん、黒鉄、青嶌さん、小紫さん!」
「その他は後で調整!」
こうして役割分担も順調に決まっていった。
「じゃあ次!」
「装飾担当は教室を大正時代っぽくしたいんだけど、何かアイデアある?」
「ランプとか!」
「ステンドグラス!」
「和傘!」
「レトロポスター!」
次々と意見が飛び交う。
「そうだ!」
黄瀬が何かを思いついたように立ち上がる。
「入口にでっかいウェルカムボード置こうぜ!」
「『ようこそ1-B大正喫茶へ』みたいな!」
「いいね!」
「賛成!」
「じゃあ誰が描く?」
教室がシーンとなる。
すると――
「私が描きます。」
小紫さんが静かに手を挙げた。
「絵を描くのは、昔から好きなんです。」
「おぉー!」
「じゃあお願い!」
「頼んだ!」
期待の眼差しを受けながら、小紫さんはスケッチブックを取り出し、真剣な表情で鉛筆を走らせ始めた。
文化祭の出し物が**『大正喫茶』**に決まってから数日。
ロングホームルームや放課後の時間を使い、それぞれが準備を進めていた。
接客担当は、お辞儀や配膳の練習。
厨房担当はメニューの試作や役割分担。
教室の中では机や椅子を移動させながら、大正時代らしい内装づくりも着々と進んでいた。
そんな中――。
教室の後方では、小紫さんが入口に飾るウェルカムボードへ真剣な表情で絵筆を走らせている。
「……。」
「……。」
誰にも話しかけられないほど集中している。
その姿を見た俺たちは、
「小紫さん、絵得意なんだ。」
「完成が楽しみだな。」
なんて勝手に期待していた。
やがて。
「できました。」
小紫さんは満足そうな笑みを浮かべながら、乾いたばかりのウェルカムボードを皆の前へ向けた。
「…………。」
教室が静まり返る。
「……えっと。」
最初に口を開いたのは黄瀬だった。
「ちなみに、これ何?」
小紫さんはきょとんと首を傾げた。
「はい?」
「看板の中央にいるのは女性です。」
「その隣が珈琲ですね。」
「上に飛んでいるのが鳩ですね。」
「…………。」
再び沈黙。
そして次の瞬間――。
「鳩ぉぉぉ!?」
その声をきっかけに、教室中が一斉に笑い出す。
「いやいや!」
「どう見ても魚だろ!」
「私は犬かと思いました!」
「いや、恐竜じゃない?」
「珈琲も花瓶にしか見えないぞ!」
「真ん中の女性はアゴが凶器だって」
「あはははは!」
教室は笑い声に包まれた。
小紫さんだけが、不思議そうに周りを見渡す。
「皆さんには……そう見えるんですか?」
「私は、かなり上手く描けたと思ったんですが……。」
その真面目な一言で、
「ふっ……。」
神白さんが思わず口元を押さえた。
肩が小刻みに震えている。
「神白さん?」
俺が声を掛けると、
「ご、ごめんなさい……。」
「でも……。」
「ふふっ。」
「本当に、面白くて……。」
神白さんは堪えきれず、小さく笑った。
その笑顔を見た俺は、思わず頬が緩む。
色々なことがあった神白さんが、こんなふうに心から笑っている。
それだけで、なんだか嬉しかった。
「黒鉄君まで笑ってます。」
小紫さんが少しだけ頬を膨らませる。
「いや、ごめん。」
「でもさ。」
俺はもう一度絵を見つめる。
「俺、この鳩……嫌いじゃないよ。」
「本当ですか!」
小紫さんの表情がぱっと明るくなる。
だが、その横で黄瀬がすかさずツッコミを入れた。
「朝陽!」
「それ鳩じゃねぇから!」
再び教室中が大きな笑いに包まれた。
「じゃあ、私も手伝うからさ描き直そうか。」
青嶌さんが苦笑しながら言う。
「えっ……。」
小紫さんは目に見えて肩を落とした。
「でも。」
俺はウェルカムボードを見ながら笑う。
「この絵、俺は嫌いじゃないけどな。」
「味があるっていうか。」
「スタッフルームに飾れば記念にもなるし。」
「私もそう思います。」
神白さんも微笑む。
「見ていると、なんだか笑顔になります。」
「ありがとうございます。」
小紫さんは少しだけ表情を和らげた。
その様子を見た黄瀬がニヤニヤしながら近寄る。
「いやでもさぁ。」
「この看板娘だけは何回見ても妖怪なんだよなぁ!」
「妖怪三日月?」
「いや、やっぱり妖怪アゴ出し女だ!」
教室中がまた吹き出した。
小紫さんは黄瀬をじっと見つめる。
数秒の沈黙。
そして――
「……黄瀬君。」
「はい?」
「嫌いです。」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
黄瀬の悲鳴が教室中に響き渡る。
「ちょ、ちょっと待って!」
「冗談だから!」
「お願い!嫌いだけはやめて!」
「今さらです。」
小紫さんはぷいっと顔を背ける。
「あーっ!」
「小紫さんに嫌われたぁぁぁ!」
頭を抱えて大袈裟に嘆く黄瀬を見て、
「ふふっ。」
神白さんがまた笑う。
「自業自得ですね。」
青嶌さんも肩を震わせ、
「これは黄瀬君が悪いかな。」
俺も飽きれながら、
「完全に自爆だな。」
と苦笑する。
賑やかな笑い声が、今日も教室いっぱいに響いていた。




