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楽しかった時間というものは、不思議とあっという間に過ぎてしまう。
気が付けば外はすっかり夕暮れに染まり、窓の外には茜色の空が広がっていた。
「もうこんな時間なんですね。」
宗一郎さんが時計へ目を向ける。
「長居をしてしまいました。」
「いえいえ!」
母さんは笑顔で手を振った。
「こちらこそ、とっても楽しかったです!」
「またいつでも遊びに来てくださいね!」
「ありがとうございます。」
宗一郎さんは穏やかに微笑みながら頭を下げる。
「ぜひ、その時はまたお邪魔させていただきます。」
神白さんも俺たちの方へ向き直り、小さく頭を下げた。
「本日は、本当にありがとうございました。」
「とても素敵な時間でした。」
「こちらこそ。」
「また学校で。」
俺がそう言うと、神白さんは柔らかく微笑んだ。
「はい。」
「また明日。」
その笑顔を見送ったあと、黄瀬たちも次々と帰っていく。
「ごちそうさまでした!」
「また明日な!」
「失礼しました。」
「本当に美味しかったです。」
「また来ます。」
玄関が閉まり、さっきまで賑やかだった家が一気に静かになった。
「なんだか急に寂しくなっちゃったわね。」
母さんが苦笑しながら食器を見つめる。
「うん。」
俺も自然と頷いていた。
夕奈はまだ余韻が残っているのか、嬉しそうに笑っている。
「伊吹ちゃん、優しかった!」
「また来てくれるかな?」
「きっと来てくれるよ。」
俺がそう答えると、夕奈は嬉しそうに何度も頷いた。
その後は三人で後片付けを済ませ、それぞれ自分の時間を過ごした。
今日という一日は、騒がしくも温かい、忘れられない休日になった。
そして翌朝――。
目覚まし時計の音で目を覚ます。
制服へ着替え、リビングへ向かうと、母さんが朝食を並べていた。
「おはよう。」
「おはよう、朝陽。」
「夕奈、もうすぐご飯よー!」
いつもと変わらない朝。
昨日の賑やかさが嘘のように、黒鉄家には穏やかな時間が流れていた。
朝食を済ませ、身支度を整える。
鞄を肩へ掛けると、夕奈と共に玄関のドアを開ける。
「いってきます。」
そう言って、俺はいつもの通学路へと歩き出した。
夕奈と別れ、いつもの通学路を歩いて開路学園へ到着する。
教室へ入ると、すでに何人かのクラスメイトが登校していた。
「おはー。」
最初に声を掛けてきたのは青嶌さんだった。
「おはよう。」
俺も軽く手を上げる。
その隣では、小紫さんがいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「黒鉄君、おはようございます。」
「おはようございます。」
「昨日はありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。」
「とても楽しい時間でした。」
そんな話をしていると、教室の扉が勢いよく開いた。
「おっはー!!」
朝から元気いっぱいなのは黄瀬だ。
「朝陽!」
「昨日はごちそうさま!」
「お母さんの唐揚げ、マジで忘れられねぇ!」
「朝からその話かよ。」
俺が苦笑すると、
「だって美味かったんだもん!」
黄瀬は悪びれもなく笑った。
その後ろから静かに神白さんが教室へ入ってくる。
「皆さん、おはようございます。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
自然と五人で挨拶を交わす。
昨日のお食事会を終えたからなのか、どこかいつもより距離が近く感じられた。
すると――。
ガラッ。
教室の扉が開く。
「はい、席につけー。」
北条先生が出席簿を片手に入ってきた。
生徒たちは慌てて自分の席へ戻る。
「よし。」
先生は教卓へ出席簿を置くと、教室を見渡した。
「今日は授業の前に一つ連絡だ。」
「皆にとって初の文化祭だ。」
その一言で教室中がざわめく。
「来たー!」
「何やるんだろ!」
「楽しみ!」
北条先生は苦笑しながら続ける。
「というわけで、今日は文化祭について話し合ってもらう。」
「出し物、役割分担、その他諸々。」
「クラス全員で決めろ。」
「決まったら学級委員が私に報告するように。」
「以上!」
先生が教卓から離れると、教室中が一気に賑やかになった。
「何やる?」
「お化け屋敷じゃね?」
「いやいや、メイド喫茶だろ!」
「演劇も楽しそう!」
あちこちで様々な意見が飛び交う。
そんな中、黄瀬が振り返り、ニヤリと笑った。
「俺らも何やるか考えようぜ!」
文化祭へ向けた最初の話し合いが、こうして始まった。
「じゃあ、そろそろ意見を出していこう!」
学級委員の一声で、教室中が一斉にざわつき始めた。
「お化け屋敷!」
「いや、演劇だろ!」
「スポーツ大会みたいなのやろうぜ!」
「いやいや、飲食店でしょ!」
黒板には次々と候補が書き出されていく。
そんな中、女子の一人がおずおずと手を挙げた。
「あの……。」
「大正喫茶とか、どうかな?」
教室が一瞬静かになる。
「大正喫茶?」
「和洋折衷のレトロな世界観みたいな感じ!」
「クリームソーダとか、あんみつとか!」
「服も袴とかにして!」
その一言で、一気にクラスが盛り上がった。
「それ、面白そう!」
「写真映えしそうじゃん!」
「他のクラスと被らなそう!」
「俺、クリームソーダ作りたい!」
黄瀬まで乗り気になっている。
「いいじゃん!」
「絶対楽しそう!」
青嶌さんも微笑みながら頷いた。
「異議なーし!」
「落ち着いた雰囲気のお店なら、お客様にもゆっくりしていただけそうです。」
「私も素敵だと思います。」
小紫さんも優しく微笑む。
「神白さんはどうですか?」
突然話を振られた神白さんは少し考えた後、小さく笑った。
「私も大正ロマン素敵だと思います」
「だから。」
「皆さんと一緒に作ってみたいです。」
その言葉にクラス中から、
「おぉー!」
と歓声が上がる。
「じゃあ決まりじゃね?」
「大正喫茶に一票!」
「私も!」
「俺も!」
あっという間に賛成の手が次々と上がっていく。
学級委員が人数を数え、黒板へ大きく書いた。
『出し物 大正喫茶』
「よし!」
「多数決の結果、今年の文化祭は大正喫茶に決定!」
パチパチパチッ。
教室中が拍手に包まれた。
「それじゃあ次は役割分担だ。」
「接客、厨房、会計、装飾、買い出し……。」
「これを決めていこう!」
文化祭へ向けて、本格的な準備が幕を開けた。




