6
神白さんを自宅まで送り届けた後、俺たちはそれぞれ帰路についた。
夏穂とは家の方向が同じため、自然と同じ電車へ乗り込む。
夕方の車内は学生や会社帰りの人たちでほどよく混み合っていた。
しばらく他愛もない話をしていると、夏穂がふいに口を開く。
「朝陽。」
「ん?」
「良かったね。」
「何が?」
夏穂は窓の外を眺めたまま、小さく笑った。
「友達、たくさん増えて。」
「あぁ。」
俺もつられて笑う。
「そうだね。」
「みんな、本当に良くしてくれる。」
「……そっか。」
夏穂はどこか安心したように頷く。
「見てれば分かるよ。」
「朝陽、楽しそうだった。」
少し間を置いて、今度は苦笑いを浮かべた。
「それにしてもさ。」
「神白さんって、やっぱりお嬢様なんだなぁって思った。」
「家を見て、改めて実感しちゃった。」
「そうだね。」
俺は神白家の大きな屋敷を思い浮かべる。
「でも、その立場だからこそ、あんな大変なことにも巻き込まれちゃってるんだけどね。」
「……そうだよね。」
夏穂は静かに呟く。
それから少しだけ黙り込むと、意を決したように俺を見た。
「朝陽さ。」
「神白さんのこと――」
そこまで言いかけて、夏穂はふっと笑う。
「……ううん。」
「やっぱり、何でもない。」
「?」
聞き返そうとした、その時。
プシューッ。
ブレーキ音と共に電車がゆっくりとホームへ滑り込んだ。
「わっ、着いた!」
夏穂は慌てて立ち上がる。
「じゃあ、またね朝陽!」
「あんまり無茶すんなよ!」
そう言って、不器用だけど優しい笑顔を残し、ホームへ降りていった。
扉が閉まり、電車は再び走り出す。
俺は窓の外へ流れていく景色をぼんやり眺めた。
その時、不意に今日の帰り道で神白さんに言われた言葉が頭をよぎる。
――もし私に、将来決まったお相手がいると言ったら。
――黒鉄くんは、どうしますか?
「……。」
あの時と同じだ。
胸の奥が、また少しだけざわつく。
理由は分からない。
考えれば考えるほど、胸の中に小さな引っ掛かりが残っていく。
そのモヤモヤは最後まで消えることなく、俺はそのまま電車に揺られ、家路についた。
最寄り駅から歩き、自宅の前まで戻ってきた。
ちょうどその時だった。
「あら、朝陽。」
買い物袋を両手に提げた母さんと、隣を歩く夕奈がこちらへやって来る。
「お帰り。」
「お兄ちゃん、お帰り!」
夕奈が嬉しそうに手を振る。
「ただいま。」
自然と笑みがこぼれた。
「買い物行ってたの?」
「ええ。」
「今日は少し安かったから、つい買い過ぎちゃったわ。」
母さんは苦笑しながら買い物袋を持ち上げる。
「お兄ちゃん! 私も荷物持ったんだよ!」
「そうか。」
「偉いな。」
俺が夕奈の頭を優しく撫でると、夕奈はくすぐったそうに笑った。
三人で玄関をくぐり、家へ入る。
母さんは上着だけをハンガーへ掛けると、そのまま台所へ向かった。
慣れた手つきでエプロンを身につける。
「さて、夕飯の支度始めるわね。」
俺は自分の部屋へ荷物を置きに行き、制服から部屋着へ着替える。
そのまま脱衣場へ向かい、洗濯かごの中身をまとめて洗濯機へ入れ、洗剤を入れてスイッチを押した。
ゴウン、と洗濯機が静かに回り始める。
その様子を見ていた母さんが、台所から声を掛けてきた。
「朝陽。」
「ありがとうね。」
「うん。」
「これくらい、何ともないよ。」
家事を手伝うのは、もう昔からの日課だ。
すると母さんが、包丁を動かしながら思い出したように口を開く。
「あ、そういえば。」
「お食事会、いつにしようかしら?」
「あー……。」
俺は少し考えてから答える。
「来週くらいかな。」
「みんなにも予定を聞いてみるよ。」
「そうね!」
母さんは嬉しそうに振り返った。
「じゃあ皆さんに聞いておいてね!」
「お母さん、腕によりをかけて頑張っちゃうんだから!」
その満面の笑顔を見て、思わず苦笑いが漏れる。
「気合い入りすぎて、作りすぎないでよ。」
「あら、それは約束できないわ。」
母さんは楽しそうに笑いながら、鼻歌交じりで夕飯の支度を続けるのだった。




