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教室を出た廊下は、入学初日のざわつきをまだ完全には消せずにいた。
「じゃあ、駅まで行こっか!」
青嶌羽唯がいつものように明るく声を上げる。
「はい。ご一緒できて嬉しいです」
神白伊吹は柔らかく微笑み、小さく頭を下げた。
「おー、なんか帰宅イベントって感じするねぇ」
黄瀬王輝が肩をぐるりと回しながら歩き出す。
その後ろを、俺も何気なくついていく。
入学初日。
それは、ごく普通の下校になるはずだった。
少し先を歩いていた青嶌の足が、不意に止まる。
ほんの一瞬。
気にしてなければ見逃すほどの間だった。
だが、次の瞬間には何事もなかったように笑顔へ戻っている。
玄関で靴を履き替え、校門へ向かう途中。
青嶌の視線が何度か周囲を流れる。
景色を眺めているようで、その実、何かを探しているようにも見えた。
偶然にしては、回数が多い。
「神白さん」
「はい?」
「可愛いレディーは壁側を歩こうか。わたくしがエスコート差し上げます♪」
「え、は、はい……?」
理由のない提案。
だが、不自然さを感じるほどでもない。
神白は素直に壁側へ移動した。
その瞬間だった。
校門を出て、長い坂を下る。
何度目かの角を曲がった、人通りの少ない路地。
「――ッ」
青嶌の笑顔が消えた。
神白のすぐ脇を、黒塗りのバンが勢いよく走り抜ける。
「チッ」
青嶌が小さく舌打ちするのが聞こえた。
バンは数メートル先で急停止し、俺たちの進路を塞ぐように横向きで止まった。
狭い路地には不自然すぎる止め方。
まるで最初から待ち伏せしていたようだった。
「……なんか嫌な予感しませんかい?」
ふざけた口調のまま。
だが黄瀬の声色だけが、わずかに低い。
ザァッ――。
スライドドアが開く。
中から男が二人降りてきた。
一人はスキンヘッド。
首を鳴らしながらゆっくり歩いてくる。
もう一人は肩まで伸びた長髪を掻き上げ、大きな欠伸をしていた。
その姿を見た瞬間、理解する。
――こいつらは、まともじゃない。
「走って!」
青嶌の叫びが路地に響く。
俺たちが反転した、その瞬間。
反対側の路地から、金髪の男が姿を現した。
逃げ道が塞がれる。
「……ッ」
青嶌が短く息を呑む。
「神白伊吹さん、いますかねぇ」
スキンヘッドの男が、値踏みするような目で辺りを見回す。
神白の肩が、ぴくりと震えた。
「あ、いたいた。反応した。」
長髪の男が神白を指差して笑う。
「おとなしく来てもらえると助かるんだけどなぁ」
神白の喉が小さく鳴る。
一歩下がろうとした、その時だった。
「動くな。」
スキンヘッドの男が笑う。
「騒がれると面倒なんで。」
軽い口調。
だが、その目だけは笑っていなかった。
「……ごめんなさい」
背中越しに、かすれるような声が聞こえる。
(謝るな)
そう思うより先に、口が動いていた。
「神白さんが謝る必要はない。」
「黒鉄君……」
俺は青嶌へ視線だけを送る。
「……青嶌さん」
「分かってる。」
返事は一瞬だった。
いつもの明るい少女は、もうそこにはいない。
笑顔は消え、瞳だけが静かに周囲を測っている。
(この人……)
今までとは別人みたいだ。
俺は黄瀬へ目を向けた。
「黄瀬。」
「あいよ。」
「喧嘩したことあるか?」
「んにゃ。ないねぇ。」
即答だった。
「格闘技は?」
「それもない。」
「……だよな。」
思わず額を押さえる。
すると黄瀬は、男たちから視線を外さないまま笑った。
「でもさ。」
「?」
「こいつらくらいなら、なんとかなる気がする。」
「根拠は?」
「昨日、MeTubeで格闘技動画いっぱい観た。」
思わず吹き出しそうになる。
「信じてないでしょ?」
「まあな。」
「でも俺、スポーツなら見れば大抵できるから。」
その声には、不思議とハッタリだけじゃない自信があった。
俺は小さく笑う。
「……その自信だけは羨ましいよ。」
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