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教室へ入ると、黄瀬の姿はまだなかった。
神白さんの席も空いている。
俺が自分の席へ荷物を置いたところで、青嶌さんが静かに近付いてきた。
「黒鉄君。」
「少し、お時間よろしいですか?」
「うん。」
「屋上でお話ししたいことがあります。」
青嶌さんの真剣な表情に、俺は何も聞かず頷いた。
ホームルーム前の校舎はまだ静かだ。
人気のない階段を上り、屋上の扉を開ける。
朝の涼しい風が二人の間を吹き抜けた。
青嶌さんはフェンスへ近付き、一度周囲を見回してから口を開く。
「今朝のニュースはご覧になりましたか?」
「うん。」
「俺たちの事件もやってたね。」
「はい。」
「もちろん、それもですが……。」
「御影グループ役員・香取大輔氏が殺害された事件です。」
「あぁ。」
「確かニュースでやってた気がする。」
青嶌さんは小さく息を吐く。
「昨日、自首した鷹取たちから事情を聴いた結果、新たな事実が判明しました。」
「新しい事実?」
「はい。」
「彼らは自首するまでの間、『百鬼』と名乗る人物たちに拉致されていました。」
俺は思わず顔を上げる。
「拉致……?」
「その際、天宮は百鬼本人に背中を刺され、重傷を負ったそうです。」
屋上に一瞬、沈黙が流れた。
風だけが静かに吹き抜けていく。
「……百鬼。」
聞いたことのない名前だった。
だが、その名前だけで嫌な胸騒ぎがする。
「今回の事件と……関係があるの?」
青嶌さんは静かに頷いた。
「今回の拉致事件を指示した人物ですが……。」
「自首した鷹取たちの証言により、御影グループ役員・香取大輔氏であることが判明しました。」
「……香取。」
ニュースで聞いた名前が頭をよぎる。
「鷹取は、百鬼たちに見逃してもらう条件として、その事実を伝えたそうです。」
「依頼主が香取であることも、事件の経緯も、すべて話したと証言しています。」
俺は腕を組み、少し考える。
「つまり……。」
「青嶌さんは、その百鬼って人物が香取を殺したんじゃないかって睨んでるわけだね。」
「でも、どうして……?」
「依頼主をわざわざ殺す理由が分からない。」
青嶌さんも難しい表情を浮かべ、小さく頷いた。
「そこなんです。」
「私にも、その理由が分からないんです。」
青嶌さんは腕を組み、小さく視線を落とした。
「なぜ百鬼という人物は……。」
「伊吹様を狙った犯行を計画した香取を、わざわざ殺す必要があったのか。」
「そこだけが、どうしても繋がらないんです。」
俺もフェンスへ寄り掛かりながら考える。
「……あんまり良い考えじゃないけど。」
「神白グループの誰かが、神白さんを狙われたことへの報復として百鬼を雇った、とか?」
青嶌さんは首を横に振った。
「その可能性を完全に否定することはできません。」
「ですが……。」
「限りなくゼロに近いでしょう。」
「どうして?」
「神白グループほどの企業であれば、香取を法的に追い詰めることは十分可能です。」
「事件の首謀者として逮捕させれば、それで済む話です。」
「わざわざ殺害するメリットが、神白グループにはありません。」
「むしろ、そんなことをすれば自ら不利な立場を作るだけです。」
俺は小さく息を吐いた。
「確かに……。」
青嶌さんの言う通りだった。
だからこそ――。
百鬼という人物の目的が、ますます見えなくなっていく。
青嶌さんは小さく息を吐くと、いつもの落ち着いた表情へ戻った。
「まあ……。」
「ここで私たちが考えたところで、真相にたどり着けるわけでもありません。」
「そろそろ教室へ戻りましょう。」
「……うん。」
俺は短く返事をすると、青嶌さんの後を追って屋上を後にした。
廊下には登校してきた生徒たちの笑い声が響いている。
昨日の出来事が嘘だったかのように、いつもの朝が流れていた。
だけど――。
俺の頭の中には、一つの名前だけが引っ掛かっていた。
百鬼。
警察に変装し、天宮たちを拉致したという正体不明の人物。
香取殺害との関係も、その目的も何一つ分かっていない。
胸の奥に小さな棘が刺さったような違和感だけが、いつまでも消えずに残っていた。




