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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
SOSに、こたえてみました。
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28

黒塗りの高級セダンの中。

運転席の男がバックミラー越しに静かに問いかけた。

「宗一郎様。」

「お降りにならなくてもよろしいのですか?」

宗一郎は窓の外へ目を向けたまま、小さく微笑む。

「あぁ……。」

「伊吹が、あんなにも楽しそうに笑っている。」

「そんな姿を見るのは、久しぶりでな。」

少しだけ目を細める。

「もう少しだけ……。」

「眺めていたくてな。」

運転手は穏やかに微笑み、静かに頷いた。

「左様でございますか。」

「とても良いご友人に恵まれたようですね。」

宗一郎は何も答えず、ただ娘たちの笑い声へ耳を傾ける。



やがて朝陽たちの話が一段落したのを確認すると、ゆっくりとドアを開けた。

長身の男が車から降り立つ。

その姿を見つけた源吾と緑山は姿勢を正えた。

宗一郎さんは二人へ軽く会釈を返すと、真っ直ぐ神白さんのもとへ歩いていく。

「伊吹。」

その優しくも威厳のある声に、神白さんはハッと振り返った。

「お父様。」

神白さんは姿勢を正し、深々と頭を下げる。

「この度は、ご心配とご迷惑をお掛けしてしまい……。」

「誠に申し訳ありませんでした。」

宗一郎さんは神白さんの前で足を止める。

「青嶌から、事情は聞いている。」

穏やかな声だった。

だが、その一言には当主としての重みがあった。

「一人で解決しようとしたことは……。」

「到底、受け入れられるものではない。」

神白さんは唇を噛み、静かに俯く。

「……はい。」

宗一郎さんはそこで言葉を切ると、俺たちへ静かに視線を向けた。

互いに傷だらけになりながらも、胸を張り立っている少年少女たち。

その姿をしばらく見つめ――。

小さく息を吐いた。

「……まあ、よい。」

再び神白さんへ視線を戻す。

「他人を思い、自らの危険を顧みず行動したこと。」

「その一点については――。」

宗一郎さんの表情がわずかに柔らぐ。

「伊吹の父として、お前を誇りに思う。」

「……っ。」

神白さんの瞳が大きく揺れる。

「お父様……。」

その声は、今にも涙が零れそうなほど震えていた。

宗一郎さんはゆっくりと俺たちの方へ向き直った。

その視線には、当主としての威厳ではなく、一人の父親としての感情が宿っていた。

「皆さん。」

「この度は、私の大切な娘を助けてくださり、本当にありがとうございました。」

そう言うと、宗一郎さんは腰を九十度近くまで折り、深々と頭を下げた。

日本有数の企業グループを率いる男が。

何の迷いもなく、俺たち高校生へ頭を下げたのだ。

その姿を見た神白さんも、慌てて隣へ並び、同じように深く頭を下げる。

「皆さん……。」

「本当にありがとうございました。」

「あ……。」

黄瀬が思わず声を漏らした。

「え……?」

「あ、あの……。」

あまりにも深いお辞儀に、その場にいた全員が戸惑う。

誰一人として、「どうぞ頭を上げてください」という言葉さえすぐには出てこなかった。

俺は慌てて一歩前へ出る。

「頭を上げてください。」

「僕たちは、神白さんを助けたかっただけです。」

宗一郎さんはゆっくりと顔を上げる。

俺は真っ直ぐ宗一郎さんを見つめた。

「これから先も。」

「神白さんが困っていたら、僕は全力で助けます。」

「それが、僕の答えです。」

宗一郎さんは、どこか神白さんに似た優しく穏やかな笑みを浮かべた。

その時だった。

「あの。」

母さんが一歩前へ出る。

「はい?」

宗一郎さんが視線を向ける。

「主人が亡くなってから男手がなくて。」

「朝陽には、いつも妹の面倒まで見てもらってるんです。」

「だから、こんなに立派なお友達ができて、本当に嬉しくて。」

俺は嫌な予感しかしなかった。

「……母さん。」

「それでですね。」

「神白さん、うちに遊びに来る約束をしてくれたんです。」

「もしよければ。」

「お父さんも一緒に夕飯でもどうです?」

一瞬。

その場の空気が止まる。

「「「…………え?」」」

黄瀬が固まる。

緋乃が目を丸くする。

青嶌さんは口元を隠し笑いをこらえる。

(母さん……。)

(相手は神白グループの会長だぞ……。)

ところが。

宗一郎さんは一瞬だけ目を丸くした後――

ふっと笑った。

「ふふっ。」

「そのようなお誘いを受けたのは、何年ぶりでしょうか。」

運転手も思わず目を見開く。

神白さんはさらに驚いた表情を浮かべる。

「お、お父様……?」

宗一郎さんは朝陽の母へ向き直り、穏やかに頭を下げた。

「ありがとうございます。」

「ぜひ、お邪魔させていただきたい。」

その返事に、一番嬉しそうな顔をしたのは母さんだった。

「あら、本当ですか!」

「じゃあ、腕によりをかけて作らないと!」

宗一郎さんは柔らかく笑う。

「今から楽しみにしております。」

最後に宗一郎さんが静かに俺を呼ぶ。

「黒鉄朝陽くん」

「はい。」

「君の言葉は確かに受け取った。」

宗一郎さんは真っ直ぐ俺を見る。

「引き続き伊吹を、よろしく頼む。」

「……はい。」

短く返事をする。

それだけで十分だった。

宗一郎さんは満足そうに頷く。

それからしばらくして、それぞれの迎えが到着した。

黄瀬は迎えに来た姉に耳を引っ張られながら連れて行かれ、

「痛い痛い! 姉ちゃん、みんな見てるって!」

という情けない悲鳴を最後まで響かせていた。

緋乃も父親に頭を小突かれながら苦笑いを浮かべ、青嶌さんも源吾さんと短く言葉を交わしたあと、俺たちへ一礼してその場を後にした。

神白さんも車へ乗り込む直前、何度もこちらを振り返り、小さく手を振ってくれた。

俺も笑って手を振り返す。

やがて黒塗りのセダンは静かに走り去り、その姿は見えなくなった。

気付けば、現場の騒がしさも次第に落ち着きを取り戻していく。

「朝陽。」

母さんが優しく声を掛けた。

「私たちも帰ろう。」

「うん。」

母さんとゆっくりと歩き出す。

事件は終わった。

身体中が痛くて、足取りも重い。

それでも、不思議と心だけは軽かった。

守りたかった人が笑っている。

その光景だけで、今日戦った意味は十分だった。

夕焼けに染まる空を見上げながら、俺たちは家路についた。

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