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それから間もなく、一台の白い軽自動車が慌ただしく現場へ入ってきた。
助手席のドアが勢いよく開く。
「朝陽!」
母さんだった。
「朝陽、大丈夫なの?」
母さんは俺の腕や顔についた包帯を見るなり、不安そうに問い掛ける。
「うん。」
「なんとかね。」
そう笑ってみせると、母さんは小さくため息をついた。
「もう……。」
「昔から無茶ばっかりするんだから。」
その声には呆れと、無事だったことへの安堵が滲んでいた。
すると神白さんが一歩前へ出る。
「あ、あの……。」
「黒鉄君は、私と友達を助けるために……。」
「どうか責めないであげてください。」
母さんは神白さんを見つめると、ふっと優しく微笑んだ。
「あなたが、朝陽のお友達?」
俺は少し照れながら頭をかいた。
「あ……うん。」
「神白伊吹さん。」
「まあ!」
母さんの表情がぱっと明るくなる。
「あなたが神白さんなのね!」
「朝陽からお話は聞いていたの。」
「一度お会いしてみたいと思っていたのよ。」
俺は思わず目を丸くした。
「……母さん。」
「そんな話、してたっけ?」
「してたじゃない。」
母さんはくすっと笑う。
「『クラスに笑顔を守りたい子がいる』って。」
その言葉に、今度は神白さんの頬がほんのり赤く染まった。
「……母さん。」
俺は母さんの袖を軽く引っ張り、小声で耳打ちする。
「バイトの時の話は、神白さんにしたら駄目だって。」
「あら。」
母さんは「あっ」という顔をした。
「そうだったわね。」
そして神白さんへ向き直り、申し訳なさそうに笑う。
「ごめんなさいね、神白さん。」
「朝陽が照れ屋なもので、怒られちゃった。」
「い、いえ!」
神白さんは慌てて首を横に振る。
「こちらこそ……。」
「黒鉄君を危険なことへ巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
母さんは優しく微笑む。
「ふふ。」
「いいのよ。」
「朝陽が、自分でしたくてしたことなんだから。」
「それより。」
母さんはいたずらっぽく笑いながら神白さんを見つめた。
「うちの朝陽は、神白さんのお役に立てているのかしら?」
神白さんは一瞬だけ俺を見つめる。
その頬が少しだけ赤く染まった。
「……黒鉄君は。」
「とても優しくて……。」
「とても強くて……。」
「私が助けてほしい時には、いつも助けてくださいます。」
「それに……。」
「どんな時でも、私のことを守ってくれる方です。」
「うんうん。」
母さんは何度も嬉しそうに頷く。
「それで、それで?」
「母さん!」
俺は思わず声を上げた。
「もうやめてくれよ……。」
「なによ。」
母さんは楽しそうに笑う。
「まだこれからじゃない。」
そして何かを思い付いたように手を叩いた。
「あ、そうだわ!」
「神白さん。」
「今度、うちに遊びに来ない?」
突然の誘いに、神白さんは驚いたように目をぱちぱちと瞬かせた。
お口に合うか分からないけど……。」
母さんは柔らかな笑みを浮かべる。
「今度、一緒にお食事でもどう?」
「……マヨネーズ。」
神白さんが小さく呟いた。
「え?」
母さんが首を傾げる。
神白さんはハッとしたように顔を上げた。
「は、はい!」
「黒鉄くんのお母様がお作りになった、マヨネーズ入りの卵焼き……。」
「とても美味しかったです!」
「まあ!」
母さんは嬉しそうに両手を合わせる。
「そうなのね!」
「そう言ってもらえると、本当に嬉しいわ。」
そのやり取りを少し離れた場所で見ていた黄瀬と青嶌さんが、顔を見合わせてニヤリと笑った。
「お母さん。」
黄瀬が悪戯っぽく手を挙げる。
「知ってます?」
「その時、朝陽のやつ。」
「神白さんに『あ〜ん』して食べさせようとしてたんですよ!」
「なっ……!」
思わず黄瀬を睨みつける。
「余計なこと言うな!」
「まあ!」
母さんは目を丸くし、すぐに楽しそうな笑顔になった。
「この朝陽が?」
「えっと……。」
「あなたも朝陽のお友達でいいのよね?」
「はい!」
黄瀬は胸を張る。
「黄瀬王輝っていいます!」
「ふふ。」
「元気がいい子ね。」
母さんは微笑むと、興味津々といった様子で身を乗り出した。
「それで、黄瀬君。」
「その後も、ぜひ聞かせてもらえるかしら?」
「もちろんです!」
黄瀬が嬉しそうに身を乗り出した、その瞬間――。
「待て!」
俺は慌てて黄瀬の肩を掴んだ。
「これ以上はダメだ!」
黄瀬は俺の必死な様子を見ると、吹き出した。
「分かったよ。」
「今日はこのくらいにしといてやる。」
「……今日は、な。」
「おい。」
俺が睨みつけると、黄瀬はケラケラと笑う。
すると今度は青嶌さんが一歩前へ出た。
「黄瀬君だけずるい!」
「私も黒鉄君のお友達の、青嶌羽唯です。」
そう言って軽く頭を下げる。
「ちなみに、卵焼きは私もいただきました。」
「とっても美味しかったです。」
「まあ!」
母さんは目を輝かせた。
「本当?」
「ありがとうございます。」
青嶌さんは微笑みながら隣に立つ緋乃を手で示す。
「それと、こちらが緋乃栄雅君です。」
緋乃は一歩前へ出ると、礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして。」
「緋乃栄雅です。」
「朝陽には、いつも世話になっています。」
「まあまあ。」
母さんは嬉しそうに俺たちを見回した。
「いつの間に、こんなに素敵なお友達に囲まれるようになったのかしら。」
そして、ぱんっと両手を合わせる。
「よーし!」
「今度みんなで、お食事会しましょう!」
「もちろん神白さんもよ!」
その言葉に、その場の空気が一気に和らぐ。
……ふと神白さんの方を見る。
さっきまで普通に話していたはずなのに、いつの間にか顔を真っ赤に染め、小さくしゃがみ込んでいた。
「神白さん?」
俺が声を掛けると、神白さんは両手で顔を隠したまま、小さく首を振る。
「む、無理です……。」
「今日は恥ずかしすぎます……。」
その姿に、一同は顔を見合わせ――。
「ははははっ!」
思わず大きな笑いが起こった。
事件の緊張は消え、ようやく笑顔が戻ってくる。
その光景を――。
少し離れた場所に停車した黒塗りの高級セダンの傍らから、一人の男が静かに見つめていた。
神白宗一郎。
誰にも気付かれることなく、その穏やかな笑顔を見つめながら、静かに目を細めた。




