22
背中を襲う激痛に思わず息が詰まる。
砕けたテーブルの上へ倒れ込んだ俺に、ゆっくりと足音が近付いてきた。
ガシッ。
突然、髪を乱暴に掴まれ、そのまま無理やり顔を上げさせられた。
目の前には、獰猛な笑みを浮かべる天宮。
「どうした?」
俺の顔を覗き込みながら笑う。
「なんだ、もう終わりか……。」
「これからなのによぉ。」
そう言って俺を乱暴に突き飛ばした。
床へ転がった俺は歯を食いしばりながら立ち上がろうとする。
その時だった。
「……チッ。」
天宮が小さく舌打ちした。
視線を向けると、奴はほんの一瞬だけ鳩尾へ手を当てている。
(やっぱり……。)
(効いてる。)
一発一発は倒せる威力じゃない。
でも、確実に蓄積している。
天宮は何事もなかったように手を下ろすと、ゆっくりと黄瀬と緋乃の方へ振り返った。
「次は誰だ?」
「まとめて来てもいいんだぜ。」
「……まだだ。」
気付けば声が漏れていた。
天宮の足が止まる。
「終わってない。」
俺は砕けたテーブルへ手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
全身が痛い。
呼吸も苦しい。
それでも、まだ拳は握れる。
天宮はゆっくりと振り返ると、俺の顔を見て笑った。
「それだ。」
「その目が気に入ってんだ。」
「簡単に折れねぇ奴ほど、ぶっ潰し甲斐がある。」
次の瞬間。
巨体とは思えない速度で距離を詰める。
横薙ぎの左拳。
真っすぐに打ち込まれる大振りの右拳。
高い位置から振り下ろされる肘。
近づくと放たれる膝。
喧嘩で培った滅茶苦茶な連撃。
型も何もない。
だからこそ読めない。
「ぐっ!」
避けきれず肩を殴られる。
「っ!」
腹へ膝がめり込む。
身体がくの字に折れた。
「もう一発!!」
天宮が振りかぶる。
だが――
俺は殴られながらも、一歩だけ踏み込む。
防御を捨てた天宮の急所へ右拳が再び鳩尾へ沈む。
「……クッ。」
ほんのわずか。
天宮の顔が歪む。
確信した。
今まで打ち込んできたボディは無駄じゃない。
鳩尾。
肝臓。
急所だけを狙い続けた拳は、確実に天宮の身体を蝕んでいる。
(あと数発入れば……。)
(届く。)
俺は静かに息を整える。
だが、その僅かな間すら天宮は与えない。
「何考えてやがる。」
ドンッ!!
巨体が再び突っ込んできた。
右。
左。
豪快な連打。
紙一重でかわし続ける。
(右が来る。)
半歩だけ外へ逃がす。
豪快に振り抜かれた拳が、右耳のすぐ横をかすめた。
(今だ。)
俺は腰を深く落とし、一歩踏み込む。
がら空きになった右脇腹――肝臓へ向け、全身の力を乗せた右拳を鋭く突き抜けた。
「っ!」
右拳が肝臓へ突き刺さる。
ドスッ!!
「……!」
天宮の息が一瞬止まる。
だが、そのまま右肘を振り回してきた。
俺は肩で受け流しながら距離を外す。
(あと一発。)
天宮は苦しそうに顔を歪めた。
それでも、口元だけは獰猛に吊り上がる。
「……ちっ。」
腹部を押さえながら、血の混じった唾を床へ吐き捨てた。
「小賢しい真似ばっかしやがる。」
「そんなチマチマ削って勝ったつもりか?」
ゆっくりと拳を握り直す。
「だったら――」
「今すぐ潰してやるよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、不思議と焦りは消えた。
(俺は…一撃で倒そうとして殴ってたわけじゃない。)
脳裏に浮かぶのは、幼い頃の稽古場。
祖父の低く、厳しい声だった。
『朝陽。』
『自分より身体が大きい相手。』
『自分より体重がある相手。』
『そんな相手に真っ向から力比べをするな。』
何度投げ飛ばされても立ち上がった、あの日々。
『自分の拳が通らねぇなら、無理に倒そうとするな。』
『急所を一つ。』
『また一つ。』
『そして、また一つ。』
『冷静に積み重ねろ。』
『相手の身体は鋼じゃない。』
『必ず内側から壊れていく。』
祖父は俺の胸を軽く叩き、静かに笑った。
『そして最後に――』
『すべてを貫く一撃を放て。』
祖父の声が消える。
俺はゆっくりと息を吐いた。
(今までの全部……。)
(この一撃のためだ。)
「死ねぇぇぇぇッ!!」
天宮が雄叫びを上げる。
全身の筋肉を膨れ上がらせ、渾身の右拳を振り抜いた。
空気を裂くような豪腕。
俺は静かに半歩踏み込む。
「黒鉄流――」
両足で地面を捉える。
腰が回る。
背骨がしなる。
肩を引く。
その力は一切途切れることなく、腕から掌へと伝えるための準備。
「剛ノ型――」
「鎧通し。」
拳ではない。
開いた右手の掌底を、天宮の鳩尾へそっと添えるように当てた。
「……な?」
天宮が目を見開いた、その瞬間。
両足で地面を踏み締める。
足で生んだ力が腰へ伝わり腰が回る。
背骨がしなる。
そして――。
肩、肘、手首。
三つの関節を連動させ、一気に腕を内側へ捻る。
シュルッ――。
腕を捻る動きに合わせ、服が擦れる音だけが静かに響く。
掌が肉を抉るように螺旋を描き、衝撃だけが天宮の身体の奥深くへと潜り込んだ。
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