18
緋乃が口角を吊り上げる。
「癖ってのはな。」
「自分じゃ気付かねぇもんなんだよ。」
「まして、お前みたいに自分の技術を過信してる奴ほどな。」
「調子に乗るな!!」
鷹取が怒声とともに地面を蹴る。
今までの冷静さは消え失せていた。
狙いは一撃で仕留めるミドルキック。
腰を大きく捻り、右足が鋭く振り抜かれる。
「来た。」
緋乃が小さく呟く。
蹴りが放たれる、その一瞬前。
鷹取の軸足が大きく踏み込まれた。
「やっぱりだ。」
緋乃は蹴ってきた瞬間に腰を起点として上体を後ろに引いた。
ブォンッ!!
ミドルキックが空を切る。
「なっ!?」
鷹取の目が見開かれる。
大きく踏み込んだ軸足。
振り切った右足。
一瞬だけ身体が止まる。
そのわずかな隙。
それこそが、緋乃の待っていた距離だった。
「ようやく……。」
緋乃は地面を蹴る。
「俺の距離だ!!」
一気に懐へ飛び込み、鷹取が体勢を立て直すよりも早く右拳を振り抜いた。
渾身の右ストレート。
ドゴォッ!!
拳が鷹取の顔面を真正面から捉える。
「ぐはぁっ……!」
鷹取の頭が大きく跳ね上がり、身体は数歩後ろへよろめいた。
鷹取は口元の血を親指で拭い、忌々しそうに舌打ちした。
「……このクソガキが。」
そう吐き捨てると、割れた眼鏡を外し、無造作に床へ投げ捨てる。
カランッ。
乾いた音が店内に響いた。
その目には、これまでの余裕はもうない。
緋乃は赤く腫れ上がった前足を軽く叩き、痛みを誤魔化すように笑った。
「さぁ。」
口元を吊り上げる。
「第2ラウンド、始めようぜ。」
そう言って、指先をくいっと曲げ、鷹取を挑発するように手招きした。
鷹取はゆっくりと拳を構え直した。
口元に浮かべていた笑みは、もう消えている。
「私が蹴りだけだと思ったら……大間違いなんですよ。」
次の瞬間。
床を蹴ると同時に、一気に距離を詰めた。
「っ!」
鋭い左フック。
さらに間髪入れず、右のボディストレートが腹部を射抜くように伸びる。
流れるような連撃。
キックだけではない。
パンチの技術も高いレベルで身につけていることが、一瞬で分かった。
だが――。
「遅ぇ。」
緋乃は身体を沈める。
左フックの軌道を見切り、膝を柔らかく使い、まるでUの字を描く様な軌道で紙一重にかわすウィービングだ。
拳が髪をかすめて空を切る。
続く右ボディストレート。
緋乃は左足を滑らせるように半歩だけ外へ運ぶ。
最小限のサイドステップ。
拳は制服をかすめることすらなく、空振りした。
「今だ。」
避けると同時に左拳が唸る。
ドンッ!!
鋭い左ボディ。
拳が鷹取の脇腹へめり込む。
「ぐっ……!」
鷹取の身体がわずかに沈む。
その一瞬を逃さない。
緋乃は腰を一気に回転させた。
全身のバネを乗せた左フックが、鷹取のこめかみへ向かって振り抜かれる。
ガンッ!!
「っ!」
まともに受けた鷹取はたまらず、緋乃にしがみ付くため両手を伸ばす。
だが、それすら読まれていた。
「待ってたぜ。」
緋乃の右拳が下から一直線に突き上がる。
右アッパー。
ドゴォッ!!
拳は鷹取の顎を真下から打ち抜いた。
鷹取の頭が大きく跳ね上がり、身体がぐらりと揺れた。
「くそが……!」
鷹取はよろめきながらも体勢を立て直す。
「くそが! くそが! くそがぁぁぁ!!」
冷静さは完全に消えていた。
怒りに任せ、右足を大きく振り上げる。
「死ねぇっ!!」
渾身のハイキック。
大きな弧を描いた踵が、緋乃の頭部へ一直線に迫る。
「そんなの当たるかよ…。」
緋乃は膝を柔らかく沈め、頭を左右へ滑らせるように動かす。
ウィービング。
踵は髪をかすめることなく空を切った。
その瞬間だった。
緋乃は素早く一歩踏み込む。
「もらった!」
左ジャブ。
パァンッ!!
鋭い拳が鷹取の顔面を弾く。
「ぐはっ!」
頭が跳ね上がる。
それでも鷹取は倒れない。
「このぉぉぉ!」
半ば本能のまま両手を伸ばし、緋乃の首を掴む。
そのまま膝蹴りを突き上げようとした。
「終わりだ!」
だが、その一瞬。
「甘ぇ。」
緋乃は自らも膝を跳ね上げる勢いで身体を前へ送り出した。
ゴッ!!
額と鷹取の顔面が真正面からぶつかる。
意図的なバッティングだった。
「がぁっ!」
鷹取の視界が大きく揺れる。
身体がぐらりと傾いた。
その隙を、緋乃が見逃すはずがない。
腰を深く落とし、全身の力を右拳へ集約する。
「これで終わりだぁぁぁっ!!」
渾身の右ストレート。
ドゴォォォンッ!!
拳が鷹取の顎を撃ち抜いた。
鷹取の身体は宙に浮くようによろめき、そのまま大の字に倒れ込む。
ドサッ――。
店内が静まり返った。
緋乃は荒い息を吐きながら、倒れた鷹取を見下ろす。
そして口元をわずかに吊り上げた。
「悪いな。」
「ここはリングじゃないんだろ?」




