16
「青嶌さん!」
黄瀬は隼人から背を向けると、一目散に青嶌さんの元へ駆け寄った。
床へ膝をつき、その肩を優しく支える。
「青嶌さん!」
「大丈夫!?」
青嶌さんのまぶたがゆっくりと開く。
「……黄瀬くん?」
弱々しく微笑んだ。
「うん。」
黄瀬は安堵したように息を吐く。
「よかった……。」
「立てる?」
青嶌さんは腹を押さえながら小さく頷いた。
「何とか……ね。」
その言葉を聞いた瞬間。
黄瀬はゆっくりと立ち上がる。
その視線は一直線に鷲尾へ向けられていた。
「……てめぇ。」
「絶対に許さねぇ。」
一歩踏み出そうとした、その時。
「待って。」
青嶌さんが黄瀬の制服の裾を掴む。
「え?」
黄瀬が振り返る。
青嶌さんは床に手をつきながら、ふらつく足で立ち上がった。
「その人は……。」
ゆっくりと前へ出る。
「私が倒します。」
「でも!」
黄瀬は思わず声を上げる。
「そんな状態じゃ……!」
青嶌さんは小さく笑った。
「大丈夫。」
「見ていてください。」
乱れた髪を耳へ掛けながら、静かに構えを取る。
「私……そんなにやわじゃありませんから。」
その瞳には、先ほどまでの苦しげな色はもうなかった。
護衛としての強い意志だけが宿っている。
それを見た鷲尾は、大きくため息をつく。
「はぁ……。」
「そんなボロボロで、まだやる気?」
「どうするつもりなんだよ。」
青嶌さんは腹を押さえながらも、静かに構えを取る。
呼吸は乱れている。
それでも、その瞳だけは少しも揺らいでいなかった。
「……やってみないと。」
「分からないですよ。」
「へぇ。」
鷲尾は鼻で笑うと、足元に転がっていた酒瓶を拾い上げる。
「だったら、試してやるよ。」
次の瞬間。
ガシャァン!!
勢いよくテーブルの角へ叩きつけた。
瓶の底が砕け散り、鋭く尖った破片だけが手元に残る。
簡易ナイフ。
それをぶらぶらと揺らしながら、鷲尾は口角を吊り上げた。
「これなら少しは楽しめるだろ?」
青嶌さんはその凶器を見ても表情一つ変えない。
小さく息を吐く。
「……とことんクズですね。」
その声は静かだった。
だが、はっきりと軽蔑が滲んでいた。
「ですが。」
「その方が、こちらも遠慮しなくて済みます。」
その一言に、鷲尾の笑みが引きつる。
「は?」
額に青筋が浮かぶ。
「非力な女が……。」
砕けた瓶を握り締め、一歩踏み出した。
「調子に乗りやがって!!」
「死ねぇ!!」
鷲尾は怒鳴り声とともに、右手で振り上げた簡易ナイフを勢いよく振り下ろした。
一直線に青嶌さんの肩口を狙う一撃。
だが、青嶌さんは一歩も引かない。
「刃物を前にした時の想定は……。」
静かに呟く。
「何度も訓練してきました。」
振り下ろされる刃を見極めると、あえて一歩踏み込み、鷲尾の懐へ飛び込む。
「なっ!?」
間合いを潰された鷲尾の表情が変わる。
青嶌さんは左腕で鷲尾の右前腕を受け止め、右拳を鳩尾に叩き込んだ
すぐさま相手の首の後ろに自分の腕を回し、自分の腰と相手の体をピタッと密着させた。
深々とお辞儀をするように腰を前に曲げると、鷲尾は青嶌さんの腰を乗り越え
ドォンッ!
勢いよく床に叩きつけられる。
「ぐあぁっ!」
青嶌さんは一切の間を置かずに、鷲尾の体をうつ伏せの状態にする。
右腕を伸ばしたまま、その肩口へ自分の膝をぴたりと押し当てる。
さらに体重を乗せ、腕と肩を完全に封じた。
「ぐっ……!」
鷲尾は身体を起こそうともがく。
しかし、肩関節を極められた状態ではびくともしない。
「暴れないでください。」
青嶌さんは乱れた呼吸のまま静かに告げた。
「これ以上抵抗すれば……肩が外れます。」
その声に焦りはない。
ただ事実だけを告げる、護衛としての冷静さがあった。




