10
黒いドレッドヘアーの大男が、ゆっくりと立ち上がる。
サングラス越しに俺たちを見回し、呆れたように肩をすくめた。
「おいおい。」
「一人で来いって言ったはずだぜ?」
低く響く声が店内へ広がる。
大男は隣に座る眼鏡の男へ視線を向けた。
「なぁ、鷹取。」
眼鏡の男は静かに眼鏡を押し上げる。
「えぇ。」
「確かにそう伝えました。」
「一人で来ない場合は、人質を殺す、とも。」
淡々とした口調。
まるで今日の天気でも話しているかのようだった。
すると、反対側でソファにもたれていた金髪パーマの男がケラケラと笑い出す。
「まぁまぁ、いいんじゃねぇ。」
「予定とは違ったけどよ。」
「女の子が二人も増えたんだぜ?」
いやらしい視線が青嶌さんと小紫さんへ向けられる。
「得した気分じゃねぇ?。」
その隣では、銀髪の少年が足をぶらぶらと揺らしながら、にこにこと笑っていた。
「鷲尾さんって、本当に女の子好きだよねぇ。」
「僕にはよく分かんないや。」
鷲尾はニヤリと口角を上げる。
「隼人は興味ねぇのか?」
「見てみろよ。」
顎で神白さん、青嶌さん、小紫さんを順番に示す。
「三人とも、超可愛いじゃねぇか。」
隼人は三人へ視線を向けると、小さく首を傾げた。
「うーん……。」
「可愛いとは思うけど。」
「簡単に壊れなければ何でもいいかな。」
無邪気な笑顔のまま放たれたその一言に、店内の空気が一段と冷え込んだ。
ドレッドヘアーの男の巨体が動くだけで、店内の空気が一段と重くなる。
サングラスの奥から俺たちを見渡し、鼻で笑った。
「ガキども……。」
「テメェらに用はねぇ。」
「あの嬢ちゃんだけ置いて、とっとと帰りな。」
そう言って顎で神白さんを示す。
俺は一歩前へ出た。
「そうはいかない。」
男は眉をわずかに動かす。
「神白さんも。」
「その友達も返してもらう。」
店内が静まり返る。
その沈黙を破ったのは、眼鏡の男だった。
オールバックの髪をゆっくりと撫でつけ、静かに口を開く。
「どうやら……。」
「自分たちの置かれている立場が分かっていないようですね。」
淡々とした声。
怒りも焦りもない。
ただ事実を告げるだけのような口調だった。
「こちらには人質がいます。」
「あなた方には、その命を守りながら戦う術がありますか?」
眼鏡の奥の鋭い視線が、俺たち一人ひとりを射抜く。
「少しでも私たちの機嫌を損ねれば」
「人質は、その場で始末します。」
その言葉に、神白さんの肩が小さく震えた。
だが俺は、一歩も引かなかった。
「脅しで引くと思うな。」
眼鏡の男は口元をわずかに緩める。
「はぁ…。」
「クソ生意気子供ですね。」
その言葉を聞いたドレッドヘアーの男が、笑った。
「ハハハッ!」
「いいじゃねぇか!」
「最近のガキはヒョロヒョロした弱そうな奴が多いが、お前は違うみてぇだな。」
男はゆっくりと一歩。
また一歩。
そのたびに床が軋む。
神白さんの前まで歩くと、そのまま俺と向かい合った。
「名は?」
「……黒鉄朝陽。」
「黒鉄、か。」
男はニヤリと笑う。
「俺は黒天狗の天宮明だ。」
そう名乗ると、親指で後ろの三人を指した。
「眼鏡が鷹取。」
鷹取は軽く会釈するだけだった。
「金髪が鷲尾。」
「よろしくなぁ。」
鷲尾は薄ら笑いを浮かべながら手をひらひらと振る。
「銀髪が隼人。」
隼人はにこりと笑った。
その笑顔に、一切の温かみはなかった。
天宮は左手で首の後を掴み、首を鳴らす。
ゴキッ。
鈍い音が店内へ響く。
「さて。」
「俺は喧嘩が好きだ。」
「だから一つ提案してやる。」
サングラス越しに俺を見据える。
「お前が俺らに勝てたら。」
「神白も、その友達も返してやる。」
神白さんが目を見開いた。
「黒鉄くん!」
「駄目です!」
「この人たちは約束なんて――」
言い終わる前に、天宮が笑って遮る。
「信用されてねぇな。」
「ま、当然か。」
そう言いながら、天宮はゆっくり拳を握る。
「だがよ。」
「俺ぁ喧嘩だけは嘘をつかねぇ。」
「勝った奴が正しい。」
「それが俺の流儀だ。」
店内に、重苦しい沈黙が流れた。




