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放課後。
俺たちは神白さんの案内で、待ち合わせ場所の駅前へ向かっていた。
夕方の駅前は仕事帰りの会社員や学生で賑わっている。
「待ち合わせは、このカフェです。」
神白さんがガラス張りの喫茶店を指差した。
店内を見渡すと、窓際の席で一人の女子生徒が落ち着きなく周囲を見回していた。
肩まで伸びた黒髪に、どこか疲れたような表情。
俺たちに気付くと、少しだけ安心したように立ち上がった。
「伊吹ちゃん……。」
「栞さん。」
神白さんは駆け寄る。
「久しぶり。」
「ごめんね、急に呼び出して。」
「ううん。」
神白さんは首を横に振る。
「それより、大丈夫なの?」
栞と呼ばれた少女は一瞬だけ笑顔を見せたが、すぐにその表情は曇った。
「……座ろう。」
全員で席へ着く。
店員が水を置いていくのを待ち、栞は小さく息を吐いた。
「まず紹介するね。」
神白さんが俺たちを見る。
「この人たちは今の高校のお友達。」
「黒鉄くん、黄瀬くん、青嶌さん、小紫さん。」
「こちらが尼ヶ崎栞さんです。」
「よろしく。」
栞は小さく頭を下げる。
「よろしくー。」
黄瀬も軽く手を挙げた。
しかし、自己紹介が終わっても栞は落ち着かない様子だった。
店の入口。
窓の外。
何度も視線を向けている。
「……誰かいるの?」
俺が尋ねると、栞はビクリと肩を震わせた。
「え……?」
「さっきから外ばっかり見てる。」
栞は数秒黙り込み、ゆっくり口を開いた。
「……伊吹ちゃん。」
「実はね。」
栞さんは小さく頷き、意を決したように口を開いた。
「……4日くらい前かな。」
「由奈と遊ぶ約束をしてたの。」
「でも待ち合わせ場所に来なくて。」
「連絡しても返事がなくて……。」
神白さんの表情が曇る。
「それが、連絡が取れなくなった日?」
「うん。」
「最初は寝坊かな?って。」
「でも、その日の夜になっても返事がなくて……。」
栞さんは唇を噛む。
「次の日、ご家族から電話があったの。」
「『帰ってきていない』って。」
誰も口を開かない。
店内の食器が触れ合う音だけが聞こえる。
「それから…。」
「学校から帰る途中、知らない男たちに話しかけられたの。」
俺は眉をひそめた。
「どんな男だった?」
「黒い服。」
「サングラスを掛けてる人もいた。」
「私の名前を知ってた。」
「由奈のことも。」
「それで……。」
栞さんは震える手でスマートフォンを取り出した。
「伊吹のことも聞かれた。」
神白さんの肩が小さく震える。
「私の……?」
「うん。」
『神白伊吹を知っているな?』
『今でも連絡を取ってるのか?』
『最近会ったか?』
「そんなことばかり聞かれた。」
黄瀬の表情から笑顔が消える。
「なんだよ、それ……。」
「私、怖くなって逃げた。」
「それからね…。」
「誰かに見られてる気がして。」
「知らない車が家の近くに停まってたり。」
「駅まで誰かが付いてきたり。」
「全部気のせいだって思おうとした。」
「でも……。」
栞さんは俯いた。
「昨日。」
「こんなメッセージが届いたの。」
スマートフォンをテーブルへ置く。
画面には短い一文だけ。
『神白伊吹を呼べ。』
その場の空気が一気に張り詰めた。
神白さんは目を見開いたまま画面を見つめる。
「私を……?」
「うん。」
「だから今日。」
「伊吹ちゃんに会うか、すごく迷った。」
「でも。」
栞さんは神白さんを見る。
「このまま何も言わない方が危ない気がして。」
「だから、ごめん。」
「巻き込んじゃって。」
神白さんは首を横に振った。
「謝らないで。」
「話してくれてありがとう。」
その時だった。
カラン――。
店のドアベルが静かに鳴る。
一人の男が店へ入ってくる。
黒いキャップ。
無精ひげ。
店内を見回すその視線が、一瞬だけ栞さんで止まった。
栞さんの顔色が、一気に青ざめる。
「……あの人。」
「昨日もいました。」
栞さんが震える声で呟く。
俺はさりげなく男へ視線を向けた。
黒いキャップを深く被り、無精ひげを生やした男。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
店へ入ってきたものの席へ着く気配はない。
スマートフォンを耳へ当てながら、店内をゆっくり見回している。
そして一瞬だけ、俺たちのテーブルへ視線を向けた。
(……。)
偶然じゃない。
そんな気がした。
「朝陽。」
黄瀬が小声で話しかけてくる。
「あいつ、なんか変じゃね?」
「俺もそう思う。」
青嶌さんも男を見て眉をひそめた。
「確かに変ね…。」
その時だった。
小紫さんがアイスティーのグラスへ静かに口を付けながら、小さく呟く。
「……監視。」
「え?」
神白さんが聞き返す。
小紫さんはすぐに首を横へ振った。
「いえ。」
「気のせいかもしれません。」
そう言って微笑む。
だが、その視線だけは男から一度も外れていなかった。
(立ち位置。)
(逃げ道を確保している。)
小紫は心の中だけでそう判断する。
しかし、それを口にはしない。
今の自分は"神白伊吹のクラスメイト"でなければならない。
余計なことを言えば、不自然になる。
すると男はスマートフォンへ向かって小さく話し始めた。
「……いた。」
「五人。」
その声は聞き取れなかった。
だが、男がこちらを見ながら話していることだけは分かった。
数秒後。
男は何事もなかったように店を出て行く。
俺はすぐに立ち上がった。
「黒鉄くん?」
「ちょっと行ってくる。」
「えっ?」
神白さんが止めるより早く、俺は店の外へ飛び出した。
外へ出ると男は歩道を歩いていた。
距離は三十メートルほど。
俺が歩き出すと、男も歩く速度を少しだけ上げる。
(気付いてる。)
信号が赤へ変わる。
男はそのまま横断歩道を渡った。
俺が追い掛けようとした瞬間。
ブォン――。
一台の黒いワンボックスカーが俺と男の間へ滑り込む。
数秒。
視界を遮られる。
車が通り過ぎた頃には――
男の姿は、もうどこにもなかった。
「……逃げられたか。」
俺は周囲を見回す。
だが、それらしい姿は見当たらない。
代わりに道路脇へ停まった黒いワンボックスカーだけが、ゆっくりと走り去っていった。
そのナンバーを覚えようと目を凝らしたが、泥で汚れていて読み取ることはできなかった。
嫌な予感だけが、胸の奥に残った。




