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一通り道場を案内し終えると、祖父が皆に
「せっかくここまで来たんじゃ。」
「見るだけじゃもったいない。」
「少し体を動かしていくか。」
四人が顔を見合わせる。
「え?」
青嶌さんが少し驚いたように声を漏らした。
「私たちもですか?」
「もちろんじゃ。」
祖父は笑う。
「武術は見て覚えるもんじゃない。」
「一度でも自分の体で体験した方が、ずっと記憶に残る。」
すると、隣で黄瀬が勢いよく右手を挙げた。
「はい!」
「俺、見学で!」
「ちょ、おま!」
思わず苦笑する。
「だって絶対キツイだろ!」
「見ただけで分かる!」
「朝陽やじいちゃん見てたら、なおさらやる気なくなった!」
「それは褒めてるのか?」
じいちゃんは豪快に笑った。
「はっはっは!」
「正直者は嫌いじゃない。」
「ほれ、縁側で茶でも飲んどれ。」
「やった!」
黄瀬は待ってましたと言わんばかりに縁側へ向かい、用意されていた座布団へ腰を下ろした。
「今日は特等席で観戦だな。」
「完全に他人事だなお前。」
最初に前へ出たのは青嶌さんだった。
道着ではなく私服のまま、少し緊張した表情で祖父の前へ立つ。
「お願いします!」
妙にやる気に溢れた挨拶に、祖父は「やる気が伝わるいい返事じゃ」と笑った。
「まずは構え。」
「肩の力を抜く。」
「重心は少し低く。」
「はい!」
青嶌さんは見よう見まねで構える。
最初こそぎこちなかったが、一度動き始めると重心移動が驚くほど自然だった。
祖父が感心したように頷く。
「ほぉ。」
「筋がええな。」
「え?」
「運動をやっとるじゃろ。」
「えぇ…まぁ!」
「護身じゅ…つ?のようなものを…。」
「なるほど。」
「下半身がしっかりしとる。」
「体の軸もぶれん。」
「飲み込みも早い。」
「ほんとですか!」
青嶌さんは嬉しそうに笑う。
「そんなに褒められると照れます。」
「素直なのも長所じゃ。」
祖父の言葉に、青嶌さんは照れ笑いを浮かべた。
「次はそこの可愛らしいお嬢さん。」
「は、はい!」
少し緊張した様子で前へ出る。
「まずは構えてみなさい。」
「はい……。」
神白さんは恐る恐る構える。
だが――
「きゃっ!」
少し重心を動かしただけで、身体がふらつく。
「あっ……!」
慌てて足を出すものの、バランスを崩してしまう。
「力みすぎじゃな。」
じいちゃんは苦笑しながら俺を見る。
「朝陽。」
「お前が教えてやれ。」
「分かった。」
俺は神白さんの前へ立った。
「そんなに力入れなくて大丈夫。」
「肩の力を抜いて。」
「こ、こうですか?」
「うーん……。」
「もう少し。」
俺は神白さんの手を握り、腕の位置を直す。
「手と腕はここ。」
「肩は自然に下ろして。」
「そうそう。」
「こんな感じ。」
「……はい。」
神白さんの肩が小さく震えている。
「どうした?」
「い、いえ!」
「なんでもありません!」
顔を見ると耳まで真っ赤だった。
(そんなに緊張しなくても。)
俺は特に気にせず説明を続ける。
「じゃあ次。」
「もし後ろから抱きつかれた時。」
「羽交い締めされた場合のエスケープ方法ね。」
襲われた時の想定として教える事にした。
神白さんは真剣に頷く。
「まず無理に暴れない。」
「一度腰を落とす。」
「腰を……。」
「うん。」
「それから相手の足を踏む。」
「えっ?」
「逃げるための時間を作るんだ。」
「倒す必要はない。」
「相手が怯んだら。」
「肘を後ろへ。」
俺はゆっくり動きを見せる。
「最後に腕を外して、そのまま逃げる。」
「なるほど……。」
神白さんも真似してみる。
しかし。
「きゃっ!」
またバランスを崩した。
「あっ。」
咄嗟に身体を支える。
神白さんはそのまま俺の胸へ軽くぶつかった。
「す、すみません!」
慌てて離れる神白さん。
真っ赤な顔のまま俯いてしまう。
「大丈夫?」
「は、はい!」
「ご、ごめんなさい……。」
縁側では黄瀬が湯呑みを片手にニヤニヤ笑っている。
「青春だなぁ。」
「うるさいなアイツ…。」
「最後は綺麗なお嬢さんじゃな。」
祖父が小紫さんを見る。
「はい。」
小紫さんは静かに前へ出た。
表情は落ち着いている。
「構えてみなさい。」
「こう……でしょうか。」
ぎこちない構え。
足の運びも、どこか不慣れに見える。
祖父は何も言わず見つめていた。
基本動作を一通り終える。
「初めてにしては十分じゃ。」
「ありがとうございます。」
小紫さんは柔らかく微笑み、一礼した。
その姿を見ながら、俺は「飲み込みが早い人なんだな」くらいにしか思わなかった。
だが。
祖父だけは、一瞬だけ小紫さんの足元へ視線を落とす。
ほんのわずかに目を細めた。
しかし、それ以上は何も言わない。
「今日はこのくらいでええじゃろ。」
穏やかな声が道場に響き、体験稽古は幕を閉じた。




