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待ち合わせ場所は、駅のロータリー前。
俺が着くと、すでに青嶌さんベンチへ腰掛けていた。
「おっ。」
「黒鉄くん!」
「おっはよー!」
「集合二十分前って…。」
「遅刻するよりいいでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど。」
そんな話をしていると、
「おまたー。」
黄瀬がやって来た。
「まだそろってない感じ?」
「うん。」
「私も今着いた。」
その時だった。
一台の黒いセダンがゆっくりとロータリーへ入ってくる。
いつものように運転席からスーツ姿の男性が降り、後部座席のドアが開き、神白さんが姿を現した。
「おはようございます。」
神白さんが笑顔で頭を下げる。
「おっはよー。」
「おはよう神白さん。」
「おはよー!」
それぞれ挨拶を交わす。
神白さんは運転手へ向き直る。
「では、行ってまいります。」
そういうとスーツ姿の男性は運転席に戻り、車は静かに走らせた。
すると今度は、
「ごめんなさい。」
聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
振り返ると、小紫さんがこちらへ歩いてくる。
肩まで揺れる黒髪が朝日に照らされていた。
「待たせちゃったかしら?」
「いや。」
「今ちょうど全員揃った。」
「それじゃあ出発!」
黄瀬が勢いよく歩き始める。
「行き先分かるの?」
「何となくこっちだと…。」
「誰が決めた。」
「俺!」
「勝手に決めるな。」
笑いながら駅前を歩き出す。
しばらく歩くと、黄瀬が辺りを見回した。
「朝陽。」
「まだ着かないのか?」
「もう少し。」
「歩いて十分くらいかな。」
「そんな遠くないよ。」
「へぇ。」
青嶌さんが周囲を見回す。
「この辺って静かなんだね。」
「昔からあんまり変わってないよ。」
住宅街へ入ると、人通りも少なくなる。
小鳥の鳴き声だけが静かに聞こえていた。
さらに数分歩く。
やがて、大きな木造の門が見えてきた。
門柱には力強い文字でこう刻まれている。
――黒鉄流古武術道場。
俺は門の前で立ち止まった。
「ここだよ。」
四人は同時に門を見上げる。
「……。」
その迫力に、誰もすぐには言葉を発せなかった。
四人は門を見上げたまま、しばらく言葉を失っていた。
「……すごい。」
最初に口を開いたのは青嶌さんだった。
「思ってたよりずっと本格的……。」
「俺も思った。」
黄瀬が思わず頷く。
「もっと体育館みたいなの想像してた。」
「なんか映画に出てきそうじゃね?」
神白さんは門に刻まれた文字を静かに見つめる。
「黒鉄流古武術……。」
「歴史を感じますね。」
俺は門に手を掛け、小さく笑った。
「ただの古びた道場だよ。」
ギィ……。
重厚な木の門がゆっくりと開く。
中へ入ると、広い庭が目の前に広がった。
白い玉砂利が敷き詰められ、その奥には年季の入った木造の道場。
道場の横には手入れの行き届いた竹林が風に揺れている。
穏やかな空気が流れていた。
「静か……。」
神白さんが思わず小さな声を漏らす。
「街の中とは思えない。」
「すげぇ……。」
黄瀬も珍しく辺りを見回すだけで騒がない。
その時だった。
「朝陽。」
聞き慣れた低い声が聞こえた。
縁側に、一人の老人が腰を下ろしていた。
白髪交じりの短い髪。
年齢を感じさせる皺はあるものの、その眼光だけは鋭い。
黒鉄流古武術先代師範――
黒鉄天元。
「じいちゃん。」
「連れてきたよ。」
祖父はゆっくり立ち上がると、四人へ視線を向ける。
一人ひとりの顔を見る。
値踏みするようでもなく。
威圧するわけでもなく。
ただ静かに。
そして口元を緩めた。
「よう来たな。」
「朝陽の友達なら、遠慮はいらん。」
「ゆっくりしていけ。」
その言葉だけで、四人の肩から少し力が抜けた。
「こんにちは!」
黄瀬が勢いよく頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いいたします。」
神白さんたちも続いて頭を下げる。
祖父は満足そうに頷いた。
「うむ。」
「ちゃんと挨拶のできる子たちじゃな。」
「朝陽。」
「お茶でも出してやれ。」
「はいはい。」
俺が苦笑しながら返事をすると、
祖父は四人を見て、どこか嬉しそうに目を細めていた。
「せっかくだからね。」
俺は四人を見回した。
「まずは中を案内するよ。」
「お願いしまーす!」
黄瀬が元気よく返事をする。
俺たちは道場の中へ入った。
廊下を歩いていくと、一枚の大きな額が目に入る。
「これ……。」
神白さんが足を止めた。
壁一面に、歴代師範たちの写真が並んでいた。
一番古いものは白黒写真。
さらに古いものになると、写真ではなく肖像画になっている。
「全部、黒鉄流の師範なの?」
青嶌さんが尋ねる。
「うん。」
「初代から今までの歴代師範。」
俺は一番最後の写真を指差した。
「この人が先代師範。」
「俺のじいちゃん。」
「へぇ……。」
黄瀬が写真と祖父を交互に見比べる。
「今よりちょっと若い!」
「当たり前でしょ。」
思わず笑う。
さらに奥へ進む。
次に案内したのは武具が並ぶ部屋だった。
壁には大小さまざまな武器が整然と掛けられている。
刀。
槍。
薙刀。
弓矢。
鎖鎌。
十手。
短刀。
見たこともない武器まで並んでいた。
「すご……。」
神白さんが思わず息を呑む。
「こんなにあるんですか……。」
「全部使えるの?」
青嶌さんが驚いたように聞く。
「基本はね。」
俺が答える。
「黒鉄流では全部扱う。」
「全部!?」
黄瀬の声が裏返った。
「そんな覚えられんの?」
「慣れるよ。」
「いや、慣れねぇよ!」
そのやり取りに、小紫さんだけは静かに武具を見つめていた。
一本一本を確かめるように。
「どうして、こんなに武器があるの?」
小紫さんが尋ねる。
俺は少し考えてから答えた。
「黒鉄流は、戦国時代に生まれた武術なんだ。」
「戦場では刀だけじゃ戦えない。」
「槍を持つ相手もいれば、薙刀もいる。」
「だから、どんな武器を持った相手にも対応できるように、多くの武具を扱うようになったらしい。」
「なるほど……。」
神白さんが静かに頷く。
その時だった。
「朝陽の説明だけじゃ足りんな。」
後ろから、じいちゃんの声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にか後に立っていた。
「じいちゃん。」
祖父は武具を見渡しながら、ゆっくりと口を開く。
「昔の黒鉄流はな。」
「戦場で生き残るための武術だった。」
「極端に言えば、人を斬り、人を殺すための技じゃ。」
四人の表情が少し引き締まる。
「じゃが、それは昔の話。」
祖父は穏やかに笑った。
「今は戦国時代じゃない。」
「人を傷付けるために武術を学ぶ時代でもない。」
一本の木刀を手に取る。
「武術は、力じゃ。」
「力そのものに善も悪もない。」
「使う人間次第じゃ。」
そう言うと、祖父は木刀を元の場所へ戻した。
「だから儂は、黒鉄流の教えを少し変えた。」
「黒鉄流は、人を傷付けるための武術ではない。」
「自分の大切なものを守るための武術じゃ。」
その言葉には、不思議な重みがあった。
誰もすぐには口を開かなかった。
静まり返った道場に、風鈴の音だけが静かに響く。
俺はそんな四人を見ながら、小さく笑った。
「だからじいちゃん、昔から口うるさいんだよ。」
「『力は守るために使え』って。」
「毎日のように言われて育った。」
「当たり前じゃ。」
祖父がすぐに言い返す。
「朝陽は放っておくと、すぐ無茶をするからな。」
「誰のせいだよ。」
「儂じゃな。」
「認めるんかい。」
その一言に、道場中が笑いに包まれた。




