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◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕方。
住宅街を一人歩く。
さっきまでの賑やかな笑い声が、まだ耳に残っていた。
小紫は足を止めると、人通りのない路地へ入る。
周囲を一度だけ見渡し、ポケットから一台のスマートフォンを取り出した。
画面に表示された名前を押す。
数回のコールの後。
『……遅かったわね。』
落ち着いた女の声。
ロゼだった。
「ごめんなさい。」
「少し長引いてしまって。」
『珍しいわね。』
『あなたが報告を後回しにするなんて。』
『何かあったの?』
小紫は少しだけ目を伏せる。
「いえ。」
「問題ありません。」
「任務は予定通り進んでいます。」
『それで?』
『報告を聞かせて。』
「はい。」
小紫の表情から感情が消える。
任務中の顔だった。
「神白伊吹を含むグループへの接触は成功しました。」
「現在は警戒されることもなく、自然に行動を共にしています。」
『思ったより早かったわね。』
「思っていた以上に受け入れてくれました。」
『黒鉄朝陽は?』
「勉強も教えてくれますし、警戒心もほとんどありません。」
「神白さんや青嶌さん、黄瀬くんとも自然に話せています。」
ロゼは数秒黙った。
『十分ね。』
『なら次の段階へ移りなさい。』
「次の段階……。」
『ええ。』
『黒鉄朝陽に接触を深めるの。』
『そして――』
ロゼの声が一段低くなる。
『黒鉄流について。』
『それと、神白家との関係。』
『その二つを探りなさい。』
小紫は静かに頷く。
「分かりました。」
『無理に聞き出す必要はないわ。』
『自然な会話の中でいい。』
『あなたならできるでしょう?』
「はい。」
短く答える。
電話の向こうで、ロゼがふっと笑った。
『……でも。』
『一つだけ気になることがあるわ。』
「?」
『あなた。』
『さっきから少し楽しそうな声をしているわね。』
その言葉に、小紫の瞳がわずかに揺れた。
「……気のせいです。」
『そうかしら。』
ロゼは意味深に笑う。
『まあ、いいわ。』
『任務に支障が出なければ、それでいい。』
『報告は以上ね。』
「はい。」
通話が切れる。
画面が暗くなる。
小紫はスマートフォンを見つめたまま、小さく息を吐いた。
(……楽しそう、か。)
否定した。
否定したはずなのに。
その言葉だけが、不思議と胸の奥に残り続けていた。




