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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
中間テスト、やってみました。
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46/126

3

屋上から教室へ戻る。


ちょうど一時間目が始まる少し前だった。


ガラガラッ。


教室の扉を開けた瞬間――


「うわっ!」


黄瀬の大きな声が教室中に響いた。


「朝陽! その顔どうしたんだよ!」


教室中の視線が一斉に俺へ集まる。


「え?」


「ほんとだ……。」


「傷だらけじゃん。」


あちこちから小さなどよめきが起こった。


「いや、ちょっと転んで。」


「そんな派手に転ぶ奴いるか!」


黄瀬が勢いよく立ち上がる。


「坂道を自転車で転げ落ちても、そんな顔にはならねぇぞ!」


「お前、俺を何だと思ってる。」


「人間。」


「知ってる。」


思わずツッコミを入れる。


すると教室に笑いが広がった。


「朝から漫才始まった。」


「いつもの二人だ。」


そんな声まで聞こえてくる。


だが。


一人だけ笑っていない人がいた。


神白さんだった。


彼女は席を立つと、ゆっくり俺の前まで歩いてくる。


「黒鉄くん……。」


心配そうな瞳が俺の顔を見つめる。


「その怪我……大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよ。」


「本当に?」


「うん。」


笑って答える。


しかし神白さんの表情は晴れない。


「でも……。」


言葉を探すように俺の頬を見る。


「すごく痛そうです。」


「平気平気。」


「昨日ちょっと転んだだけだから。」


その言葉に黄瀬がすぐ反応した。


「だからその転び方教えろって!」


「教えたらやってくれる?」


「嫌だよぉ!」


再び笑いが起こる。


神白さんも小さく笑った。


けれど、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。


「黒鉄くん。」


「はい?」


「もし……。」


少しだけ言い淀む。


「何か困っていることがあったら、私たちを頼ってください。」


優しい声だった。


その一言に胸が少しだけ締め付けられる。


(頼られなきゃいけないのは、俺の方なんだけどな。)


心の中だけで苦笑する。


「ありがとう。」


それしか言えなかった。


その時だった。


キーンコーンカーンコーン。


始業のチャイムが教室に鳴り響く。


「はい、席につけー。」


北条先生が教室へ入ってくる。


神白さんは小さく会釈すると、自分の席へ戻っていった。


授業が始まる。


黒板へ向かう先生の声を聞きながら、俺はふと窓の外を見る。


(もっと強くならないと。)


男の拳。


宗一郎さんの言葉。


そして今、心配そうに俺を見つめていた神白さんの表情。


その全てが頭の中を巡っていた。


俺は机の下で、誰にも気付かれないよう拳を強く握り締めた。


放課後。


俺たちは約束通り図書室へ集まっていた。


「じゃあ今日は英語からね。」


青嶌さんが教科書を開く。


「えぇー。」


黄瀬が早速机に突っ伏した。


「土曜日数学やったじゃん。」


「今日は英語。」


「明日は?」


「まだ決めてない。」


「逃げ道なしじゃん……。」


「頑張れ。」


俺が肩を叩くと、


「お前は味方じゃなかったのか!」


黄瀬が大げさに叫び、図書室のあちこちから笑い声が漏れる。


そんな時だった。


コンコン。


図書室の扉が静かにノックされた。


「失礼します。」


全員が扉へ視線を向ける。


そこに立っていたのは、一人の女子生徒だった。


長い黒髪を揺らしながら、小さく微笑む。


「小紫さん?」


神白さんが驚いたように目を瞬かせる。


小紫は軽く頭を下げた。


「突然ごめんなさい。」


「勉強会をしているって聞いて……。」


「もしご迷惑でなければ、私もご一緒してもいいかしら?」


青嶌さんが神白さんを見る。


神白さんも優しく微笑んだ。


「もちろんです。」


「ありがとうございます。」


小紫は嬉しそうに笑うと、中へ入ってくる。


そして――


空いている席を見渡し、そのまま俺の隣へ腰を下ろした。


「よろしくね、黒鉄くん。」


「……うん、よろしく。」


特に気にも留めず返事をすると、小紫は少しだけ身を寄せてきた。


「英語、少し苦手なの。」


「分からないところがあったら教えてくれる?」


「俺で分かることなら。」


「ありがとう。」


ふわりと甘い香りが漂う。


近い。


(ちょっと近くないか……?)


そう思った時だった。


向かい側から、じっと視線を感じた。


神白さんだ。


「…………。」


何も言わない。


けれど、さっきまで穏やかだった表情が、ほんの少しだけ固くなっている。


「神白さん?」


「えっ?」


呼びかけると、慌てて笑顔を作る。


「い、いえ。」


「何でもありません。」


そう言って教科書へ目を落とした。


だが、ページは一向に進んでいない。


その様子を見ていた黄瀬が、ニヤリと笑う。


(あー……。)


(これ、面白いことになってきた。)


小紫はそんな空気など気付いていないような顔で、また俺へ顔を近付ける。


「黒鉄くん。」


「この問題なんだけど……。」


ノートを見せるふりをして、肩が軽く触れる。


「ここ、どういう意味?」


「えっと……。」


説明を始めようとした、その時。


「黒鉄くん。」


神白さんが珍しく少しだけ強い口調で俺を呼んだ。


「はい?」


「こちらの問題……教えていただけますか?」


「うん、もちろん。」


俺が席を立とうとすると、小紫がくすりと笑う。


「うふふ。」


「黒鉄くんって、人気者なのね。」


「いや、そんなことは……。」


俺は苦笑するしかなかった。


その様子を見ながら、小紫は誰にも気付かれないよう、ほんの一瞬だけ口元を緩める。


(まずは、このくらいでいいわ。)


その笑みの意味を知る者は、この場には誰一人いなかった。ただ一人、小紫本人を除いて。

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