表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
中間テスト、やってみました。
PR
45/126

2


家へ着いた頃には、空はすっかり夕焼け色から藍色へと変わり始めていた。

「ただいま。」

玄関の扉を開ける。

「おかえりー。」

リビングから母さんの声が聞こえてくる。

その声に続いて、小走りの足音が近付いてきた。

「お兄ちゃん、おかえ――」

夕奈の言葉が止まる。

「……え?」

目を見開いたまま、俺の顔を見つめていた。

「お兄ちゃん、その顔どうしたの!?」

その声を聞いて、キッチンにいた母さんも慌てて玄関へやって来る。

「朝陽!」

俺の顔を見るなり、表情が変わった。

「ちょっと、その怪我どうしたの?」

「いや、大したことないよ。」

できるだけ笑って答える。

「ちょっと転んだだけ。」

「転んだだけでそんな傷になるわけないでしょう。」

母さんは呆れたようにため息をつく。

「また喧嘩したの?」

「してないって。」

「じゃあ何があったの?」

その問いに、一瞬言葉が詰まる。

まさか本当のことを話すわけにもいかない。

「自転車避けようとして転んだ。」

苦し紛れにそう答える。

母さんはじっと俺の目を見つめた。

嘘だと気付いている。

でも、それ以上は聞いてこなかった。

「……そう。」

「病院は?」

「大丈夫。」

「本当に?」

「うん。」

母さんは小さく息を吐く。

「無理だけはしないこと。」

「何かあったら、一人で抱え込まないでちゃんと話しなさい。」

「分かった。」

その横で、夕奈はまだ心配そうに俺を見ていた。

「痛いんでしょ?」

「うん、ちょっとね。」

「薬持ってくる!」

そう言うと、夕奈はリビングへ駆けていく。

「夕奈、大丈夫だから。」

「だーめ。」

振り返りもせず返事だけが返ってきた。

数十秒後。

救急箱を両手で抱えて戻ってくる。

「はい。」

「ありがとう。」

頭を軽く撫でると、夕奈は少し照れくさそうに笑った。

「……無茶しないでよ。」

その一言が、胸にじんと響く。

「ごめんな。」

「俺、ちょっと部屋で休む。」

「夕飯できたら呼ぶから。」

母さんの声に手を挙げて応え、二階への階段を上る。

一段登るたび、全身に鈍い痛みが走る。

部屋へ入り、制服を脱ぐ。

鏡の前に立つと、改めて自分の姿が目に映った。

頬には大きな痣。

口元は切れ、腹には膝蹴りを受けた跡が残っている。

「……いてぇ。」

ベッドへ腰を下ろす。

自然と今日の戦いが頭をよぎった。

自衛隊格闘術。

あの無駄のない構え。

徹底的に支配された間合い。

そして男が言った言葉。

『お前を試せと言われている。』

「なんで俺なんだ……。」

神白さんじゃない。

俺だった。

どうして俺の実力を知る必要があった。

宗一郎さんの言葉も思い出す。

『伊吹には、卒業後に決まっている話がある。』

あの言葉は、一体何を意味していたんだろう。

神白さんは何に巻き込まれている。

そして、その中で俺はどんな役割を求められている。

何も分からない。

分からないからこそ、一つだけはっきりしたことがある。

今日の勝利は、決して実力差じゃない。

紙一重だった。

あと少し判断が遅れていたら、倒れていたのは俺だった。

「……このままじゃ駄目だ。」

小さく呟く。

「もっと強くならないと。」




翌週。

体中に鈍い痛みを残したまま、俺は教室へ入った。

椅子に腰を下ろした瞬間、顔をしかめる。

昨日受けた膝蹴りの痛みがまだ残っていた。

「黒鉄くん。」

後ろから静かな声が聞こえる。

振り向くと、青嶌さんが立っていた。

その表情から笑顔は消えている。

俺の頬や口元の傷を見て、小さく息をのんだ。

「……その怪我。」

「少し話せますか?」

俺は黙って頷いた。

 

ホームルームが始まる前。

俺たちは誰もいない屋上へ出た。

朝の風が制服を揺らす。

青嶌さんはフェンスにもたれながら、静かに口を開いた。

「あの時の違和感と関係が?」

「……うん。」

俺は土曜日にあった出来事を、最初から最後まで話した。

神白家を出たあと、誰かにつけられていたこと。

路地裏で男と対峙したこと。

男は神白さんではなく、自分を試すために来たと言っていたこと。

そして、自衛隊格闘術を使う訓練された相手だったこと。

最後まで黙って聞いていた青嶌さんは、小さく目を閉じた。

朝の風だけが二人の間を通り抜ける。

「神白さん……。」

俺は空を見上げた。

「一体、何に巻き込まれてるんだろう。」

その問いに答えられる人はいない。

「でも、一つだけ分かった。」

俺は拳を握る。

昨日の戦いを思い出す。

自衛隊格闘術。

支配された間合い。

紙一重だった勝利。

「あの相手に勝てたのは、運が良かっただけだ。」

「次も勝てる保証なんてない。」

「もし、神白さんがあの場にいたら……。」

最後まで言葉が続かなかった。

青嶌さんは静かに俺を見る。

「俺。」

ゆっくりと息を吸う。

「もっと強くならないといけない。」

「今のままじゃ、神白さんを守れない。」

その言葉に、青嶌さんは少しだけ目を細めた。

「……そうですね。」

短く答える。

「でも、一人で全部背負わないで下さい。」

「伊吹様を守るのは、黒鉄くんだけじゃない。」

「私もいる。」

その一言は、力強く、それでいてどこか優しかった。

俺は少しだけ笑う。

「そうだったね。」

すると青嶌さんも笑みを浮かべた。

「よし。」

「そろそろ戻ろう。」

「みんなに怪しまれちゃう。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ