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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
初めての休日、遊んでみました。
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4


「失礼します。」

「入れ。」

中から落ち着いた声が返ってくる。

扉を開けると、広い書斎のような部屋だった。

壁一面の本棚。

大きな机。

そして、その奥に神白宗一郎が座っている。

「座りなさい。」

「はい。」

俺は軽く頭を下げ、向かいの椅子へ腰を下ろした。

一瞬、静かな時間が流れる。

気まずいというより、単に"間"があるだけの沈黙だった。

「勉強会はどうだった。」

宗一郎が先に口を開いた。

「普通にやってました。」

「思ったよりちゃんと勉強してます。」

「そうか。」

小さく頷く。

それだけで会話が終わりそうな空気になる。

だが宗一郎は、少しだけ視線を落として続けた。

「伊吹はどうだった。」

「……どう、ですか。」

「楽しそうにしていたか。」

その言葉に、少し意外さを感じる。

もっと堅い話をされると思っていた。

少し考えてから答える。

「はい。」

「最初は少し遠慮してる感じもありましたけど、今は黄瀬とも青嶌さんとも普通に話してます。」

「この前も、みんなでショッピングモールへ行ったんです。」

「あの時も、よく笑ってました。」

自然と、モールで見た伊吹の笑顔が頭に浮かぶ。

「今日も勉強会を楽しみにしてたみたいですし。」

「学校では、ちゃんと楽しめてると思います。」

宗一郎は何も言わなかった。

ただ、小さく息を吐く。

「そうか……。」

その一言には、どこか安堵が滲んでいた。

「最近、あの子は家では学校の話をあまりしなくてな。」

「昔からそういう子なんだ。」

宗一郎は苦笑するように目を細めた。

「だから、どんな顔で学校へ通っているのか気になっていた。」

少しだけ間が空く。

「昔は……身の安全を考え、あの子に不自由な思いをさせてきた。」

「普通の子なら当たり前にできることも、我慢させた。」

静かな声だった。

責めるでもなく、言い訳をするでもない。

ただ事実を話しているようだった。

「だから今くらいは。」

窓の外へ視線を向ける。

「普通の学生として、笑って過ごしてほしい。」

「それが、親としての願いだ。」

俺は何も言えなかった。

さっきまで"神白グループの総帥"だと思っていた人が、今はただ娘を心配する父親にしか見えなかった。

宗一郎は再び俺を見る。

「そして、もう一つ。」

少しだけ言葉を選ぶように間を置く。

「伊吹には……卒業後の進む道が、ある程度決まっていてな。」

その言葉だけが、妙に胸へ残る。

(進む道……?)

何のことだ。

就職の話か。

それとも別の何かか。

聞こうとしたが、宗一郎はそれ以上話を続けなかった。

「だからこそ。」

「少なくとも卒業するまでは。」

「今のような日常を送らせてやりたい。」

「君には、その力を貸してほしい。」

その言葉に、俺は自然と頷いていた。

「俺にできることなら。」

宗一郎は、初めて穏やかに笑った。

「ありがとう。」

短い一言だった。

だが、それだけで十分だった。

俺は立ち上がる。

「今日はありがとう。」

「いえ。」

扉へ向かう。

その時だった。

「黒鉄くん。」

振り返る。

宗一郎は静かにこちらを見ていた。

「あの子は……ちゃんと笑っていたか。」

さっきよりも少し弱い声だった。

確認するように。

俺は迷わず答える。

「はい。」

「普通に笑ってました。」

「それに、すごく楽しそうでした。」

宗一郎は目を閉じ、小さく頷く。

「そうか。」

それだけだった。

俺は一礼し、部屋を後にした。

扉が静かに閉まる。

長い廊下を歩きながら、さっきの会話を思い返す。

(進む道、か……。)

結局、その意味は分からなかった。

でも、一つだけ分かったことがある。

神白宗一郎は、神白グループの総帥である前に――

娘の笑顔を誰よりも願う、一人の父親だった。

それでも。

"卒業後の進む道"という言葉だけは、妙に胸の奥へ引っ掛かったままだった。

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