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翌日。
学校が休みということもあり、目覚ましを掛けずに眠ったせいか、目が覚めた頃には普段より少し遅い時間になっていた。
朝食を済ませ、身支度を整える。
「行ってきます。」
「いってらっしゃい。楽しんでおいで。」
母さんに見送られ、俺は待ち合わせ場所の駅前へ向かった。
駅前に着くと、すでに黄瀬が大きく手を振っている。
「朝陽ー!」
「おっ、時間ぴったり!」
「おはよう。」
「おはよ!」
二人で話していると、少し離れた場所から元気な声が聞こえてきた。
「ごめーん!待ったー?」
青嶌さんがかけ寄ってきた。
その姿は、いつもの制服ではなく、淡いクリーム色のニットに、ふんわりとした白いスカートという柔らかい組み合わせだった。
足元はシンプルなスニーカーでまとめられていて、全体的に“可愛いのに気取っていない”雰囲気がある。
走ってきたせいか、少し揺れる髪を押さえながら笑うその姿は、普段よりどこか年相応に見えた。
「いや、今来たところ。」
「セーフセーフ!」
そう言って笑う青嶌さん。
その数分後、一台の黒い高級セダンが静かに駅前へ停車した。
「来た来た。」
黄瀬が小声で呟く。
後部座席のドアが開き、神白さんが降りてくる。
白を基調としたワンピースに、淡い水色のカーディガン。
制服とは違う柔らかな雰囲気に、一瞬だけ視線を奪われた
「お待たせしました。」
神白さんは嬉しそうに頭を下げる。
運転席の男性も車から降り、一礼した。
「伊吹様、お迎えは十七時頃に参ります。」
「よろしくお願いします。」
車が静かに走り去る。
黄瀬は思わず感心したように呟いた。
「毎回思うけど、お嬢様って感じだなぁ。」
神白さんは少し照れくさそうに笑う。
「私にはこれが普通でしたので……。」
「今日は普通の高校生らしく遊びましょう!」
青嶌さんがそう言うと、四人はショッピングモールへ向かった。
自動ドアが開く。
広い吹き抜け。
休日ということもあり、多くの買い物客で賑わっていた。
神白さんは周囲を見回し、小さく息を漏らす。
「すごい……。」
「人がこんなに。」
「こういう場所へ来るのは初めてなんです。」
「えぇっ!?」
黄瀬が驚いて振り返る。
「初めて!?」
「はい。」
「普段は必要な物を家へ届けてもらうことが多いので……。」
「じゃあ今日は楽しもう!」
青嶌さんが神白さんの手を軽く引く。
「まずはゲームセンター!」
四人はゲームセンターへ足を踏み入れた。
店内にはクレーンゲームや音楽ゲーム、メダルゲームなどが並び、賑やかな音楽が鳴り響いている。
神白さんは興味津々といった様子で辺りを見回していた。
「これ全部遊べるんですか?」
「もちろん!」
黄瀬は自信満々に胸を叩く。
「まずはこれ!」
指差した先にはクレーンゲーム。
中には白いうさぎのぬいぐるみが並んでいた。
「見てて!」
「俺が一発で取るから!」
百円玉を投入し、アームがゆっくりと動く。
「そこだ!」
ガシッ。
「おっ!」
アームはぬいぐるみを掴んだ。
……次の瞬間。
ポロッ。
「あ。」
ぬいぐるみは元の場所へ落ちた。
「……。」
「……。」
「……。」
黄瀬は咳払いを一つ。
「今日は調子悪いな。」
「今ので分かった。」
「これは機械が悪い。」
「絶対そう。」
「絶対違うと思う。」
俺が即座にツッコむと、青嶌さんが吹き出した。
「ふふっ。」
神白さんも口元へ手を当て、小さく笑う。
「もう一回!」
黄瀬は百円玉を追加する。
結果。
二百円。
三百円。
五百円。
一つも取れない。
「……。」
黄瀬はその場へ膝をついた。
「何でだぁぁぁ!」
「朝陽!」
「仇を取ってくれ!」
「仇って。」
俺は苦笑しながら財布から百円玉を取り出した。
「取れないと思うから一回だけね。」
アームをゆっくり動かす。
位置を合わせる。
静かにボタンを押した。
ガシッ。
今度はぬいぐるみの重心をしっかり掴む。
そのままゆっくり持ち上がり――。
コトン。
景品口へ落ちた。
「……。」
「……。」
「……え?」
黄瀬が固まる。
「一発?」
俺は景品口から白いうさぎのぬいぐるみを取り出した。
「神白さん。」
「はい?」
「これ。」
突然差し出されたぬいぐるみに神白さんは目を丸くする。
「え……。」
「私に、ですか?」
「うん。」
俺は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「さっきから、それ見てたでしょ?」
「欲しいのかなって。」
神白さんは思わず息を呑む。
ゲームが始まってから何度も、その白いうさぎへ目が向いていた。
「ありがとうございます……。」
神白さんは両手でぬいぐるみを受け取る。
大事そうに胸へ抱き締める姿は、本当に嬉しそうだった。
「白くて神白さんみたいだね。」
「っ……!」
神白さんはぬいぐるみで口元を隠した。
(あらま。)
(黒鉄くんは完全に無自覚ですね。)
黄瀬は空気を読まずに叫ぶ。
「おーーーい!」
「なんで俺が五百円使って取れなかったやつを、朝陽が一発で取って好感度まで稼いでんだよ!」
「そんなつもりじゃないって。」
「それが一番タチ悪い!」
神白さんは思わず吹き出した。
「ふふっ。」
その笑顔を見た俺もつられて笑う。
「さぁ次は何して遊びますかい?」
黄瀬が皆に尋ねる。
「せっかくだし、モールを一周してみる?」
青嶌さんが提案する。
「賛成!」
黄瀬が真っ先に手を挙げた。
四人はゲームセンターを後にし、ショッピングモールの中を歩き始めた。
洋服屋。
雑貨屋。
本屋。
休日のモールは家族連れやカップルで賑わっている。
「わぁ……。」
神白さんは見るものすべてが新鮮らしく、店の前を通るたびに目を輝かせていた。
「あれも可愛いですね。」
「あっ、このお店も素敵です。」
人混みで離れないよう、少しだけ神白さんの歩く速度に合わせていた。
二人の様子を少し後ろから見ていた青嶌はニヤリと笑った。
(ふふっ。)
(黒鉄くんは完全に無自覚。)
(伊吹様は完全に意識し始めてる。)
(これは面白くなってきましたね。)
「ねぇねぇ、黄瀬くん。」
青嶌さんは小声で黄瀬を呼ぶ。
「ん?」
「二人って、お似合いだと思わない?」
「え?」
黄瀬は前を歩く二人を見比べる。
「……確かに。」
「でも朝陽は絶対気付いてないな。」
「そこが黒鉄くんらしいんだけどね。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
その頃。
当の本人たちは、そんな会話がされていることなど知る由もない。
「黒鉄さん。」
「ん?」
「今日は……誘っていただいて、本当にありがとうございます。」
神白さんは抱きしめたうさぎのぬいぐるみを見つめながら、小さく微笑んだ。
俺は照れくさそうに笑う。
「俺が誘ったわけじゃないけどね。」
「でも、来てよかったって思ってもらえたなら、それで十分。」
その何気ない一言に、彼女の胸は小さく高鳴るのだった。




