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その時だった。
「くそっ……!」
倒れていた男の一人がふらつきながら立ち上がる。
「まだ終わってねぇぞ!」
木刀を拾い上げ、叫ぶ。
それを合図にするように、残っていた男たちも一斉に立ち上がった。
「まとめて潰せぇ!!」
怒号が工場跡地に響く。
俺は静かに構えを取る。
緋乃は拳を握り直す。
黄瀬も再び足を開き、腰を落とした。
三人が自然と横一列に並ぶ。
誰が指示したわけでもない。
なのに、お互いの間合いを理解しているかのようだった。
緋乃が小さく笑う。
「……悪くねぇ。」
俺も口元を少しだけ緩める。
その瞬間、男たちが雄叫びを上げながら一斉に突っ込んできた。
砂埃が舞い上がる。
三人は同時に地面を蹴った。
静寂が辺りを包む。
倒れた男たちは誰一人として立ち上がれない。
荒い息だけが工場跡地に響いていた。
その時だった。
黄瀬はゆっくりと倒れている男の一人へ歩み寄る。
うつ伏せになった男の背中へ、容赦なく足を乗せた。
ギシッ。
「ぐっ……。」
男が苦しそうに声を漏らす。
黄瀬は冷たい目で男たちを見下ろした。
「……お前ら。」
「全員、つまんねぇよ。」
明るい黄瀬とは別人だった。
俺がこいつを一瞬黄瀬なのか疑ってしまうほど。
俺は思わず目を見開いた。
だが、その姿を見てすぐに口を開く。
「黄瀬。」
「……やりすぎだよ。」
その一言だった。
黄瀬の肩がピクリと震える。
「……え?」
数秒前までの鋭い表情が嘘のように消えていく。
「……あ。」
「やっべ。」
「つい格好つけちゃった。」
頭をポリポリとかきながら照れ笑いを浮かべる。
「いやぁ~、一回こういうセリフ言ってみたかったんだよね!」
「どう? ちょっと決まってた?」
俺は深いため息をつく。
「……台無しだ。」
緋乃も呆れたように鼻で笑う。
「やっぱり、お前はそっちの方が似合ってる。」
「え、マジ?」
「褒めてる?」
「褒めてねぇ。」
三人のやり取りを見て、張り詰めていた空気がようやく解けた。
◇ ◇ ◇ ◇
夕日に照らされた鉄骨の上に、一人の少女が静かに立っていた。
風に揺れる薄紫色の混じった長い黒髪。
その瞳は、戦いの始まりから終わりまで三人を監視していた。
「……なるほど。」
小紫楓は小さく呟く。
「黒鉄朝陽。」
「緋乃栄雅。」
「黄瀬王輝。」
「全員、想定以上。」
そう言うと胸ポケットからスマートフォンを取り出し、一件の番号へ電話を掛ける。
コール音は一度だけ鳴った。
『どうだったの?』
受話器越しから聞こえてきたのは、どこか余裕を感じさせる艶っぽい女性の声。
ロゼだった。
「報告します。」
「対象を確認。」
「黒鉄朝陽。武術経験者で間違いありません。」
「流派は不明ですが、我々に似た技を使い急所を正確に打ち抜く実戦型。相当鍛えられています。」
「緋乃栄雅。」
「JCC王者の名は伊達ではありません。打撃の威力、判断力ともに一級品です。」
「そして――。」
小紫は一拍置いた。
「黄瀬王輝。」
「完全な素人です。」
『素人?』
「ですが、動画だけで技術を再現しています。」
「身体能力と運動神経だけなら、この三人の中で最も未知数です。」
電話の向こうが静かになる。
数秒の沈黙。
やがてロゼが、くすりと笑った。
『面白いわね。』
『一人は武術。』
『一人はボクシング。』
『そして一人は模倣の天才。』
『思っていた以上にやり手なようね。』
小紫は静かに頷く。
「次はどうしますか?」
ロゼは迷うことなく答えた。
『試しましょう。』
『黒鉄朝陽を…あの方の邪魔な存在なのか。』
その声には笑みが混じっていた。
『少し強めの駒を送る。』
「了解しました。」
通話が切れる。
小紫はもう一度だけ三人へ視線を向ける。
ちょうど朝陽たちは笑いながら工場跡を後にするところだった。
「……黒鉄朝陽。」
「あなたは、どこまで強いの?」
その呟きは夕暮れの風に溶け、誰の耳にも届くことはなかった。




