9
先頭の男が右手に握った鉄パイプを振り上げ、そのまま緋乃の頭めがけて勢いよく振り下ろした。
「死ねぇ! ガキ!」
緋乃は最小限の動きでステップすると、懐へ一気に踏み込む。
バシッ!
左ジャブが男の顔面を正確に捉える。
視界を揺らされた男の顎がわずかに浮く。
その一瞬を、緋乃は見逃さなかった。
腰の回転を乗せた右ストレートが一直線に突き抜ける。
ドゴォッ!!
男の頭が大きく跳ね上がり、そのまま後方へ吹き飛んだ。
だが、休む暇はない。
左から迫る二人目の拳。
緋乃は重心を後ろ足へ移し、上半身だけを反らす。
拳は鼻先数ミリをかすめて空を切る完璧なスウェー。
次の瞬間、反動を利用するように重心を前へ戻すと同時に鋭い右ボディーブローが男のみぞおちへ深く突き刺さった。
「がはっ……!」
男の身体はくの字に折れ、そのまま膝から崩れ落ちる。男が二人倒れたことで、残った連中に動揺が走る。
「な、何なんだあいつ……!」
「ビビるな!」
「一人ずつなら勝てる!」
四人が一斉に緋乃へ飛び掛かる。
その瞬間――
「緋乃。」
俺は一歩前へ出た。
「ここからは俺もやる。」
緋乃は横目だけで俺を見る。
「邪魔だけはするな。」
「そのつもりはないよ。」
次の瞬間、一人の男が右手に握った金属バットを振り上げ、一直線に俺へ突っ込んできた。
「お前からだ!」
(けして速くはない。)
俺は静かに息を吐く。
大きく振りかぶられた金属バットが振り下ろされる。
その軌道を見切り、半歩だけ前へ踏み込む。
相手の懐へ潜り込むと、中指の第二関節をわずかに突き出すように拳を握る。
――黒鉄流【剛の型・時雨】。
人中(鼻の下)。
廉泉。
水月。
三つの急所を、ほとんど間を置かず正確に打ち抜く。
ドッ。
ドッ。
ドンッ。
一瞬の出来事だった。
男は何が起きたのか理解する間もなく目を見開く。
呼吸が止まり、全身から力が抜ける。
バットが手から滑り落ち、乾いた音を立てて地面へ転がった。
「……がっ……。」
苦しそうに喉を押さえ、男はそのまま膝から崩れ落ちる。
俺は追撃しない。
黒鉄流は、相手を壊すための拳じゃない。
誰かを守り戦いを終わらせるための拳だ。
俺が男を一人倒した直後。
「もう一人いるぞ!」
二人の男が同時に黄瀬へ飛び掛かる。
右から木刀。
左から拳。
挟み撃ち。
普通なら逃げ場はない。
だが黄瀬は、一切動揺しなかった。
視線だけが二人の動きを正確に追っている。
(来るタイミング、全部見えてる……?)
俺は思わず息を呑む。
次の瞬間だった。
「……そこね。」
黄瀬が静かに呟く。
右の木刀が振り下ろされる直前。
黄瀬は半歩、横へ滑るように踏み出し木刀をかわす。
膝を胸の高さまで引きつけてたたみ、そこから横方向に一直線に足を突き出した。
「っ!」
横蹴り。
ドンッ!!
男の胴体に真横から突き刺さる。
蹴りは“当てる”じゃない、“押し飛ばす”威力だった。立ち上がってくる様子もない。
しかし、もう一人はすぐそこにいる。
左から迫る拳。
距離はほぼゼロ。
「間に合わない……!」
誰かがそう思った瞬間。
黄瀬の身体が沈んだ。
体を半回転させて背中を向けながら、足の踵を後方へ突き出すように蹴る
(まさか――)
「はっ。」
短い呼気。
バキィッ!!
踵が男の顎を正確に撃ち抜いた。
頭が跳ね上がり、身体がそのまま後方へ崩れる。
あまりに綺麗な後ろ蹴りだった。
「……。」
黄瀬は何事もなかったように足を戻し、静かに構えを解くと、俺は思わず呟いた。
「今の……。」
緋乃も小さく目を細める。
「横蹴りと……後ろ蹴り。」
「どっちも精度が異常だな。」
黄瀬はいつもとは違う、どこか冷めた口振りで「動画で見た通りにやっただけ。」と呟いた。




