7
朝、いつものように目を覚ます。
制服に袖を通し、母さんが作ってくれた朝食を済ませる。
母さんがいつものように仕事へ向かうと、俺も夕奈と一緒に家を出た。
少し肌寒い春の風が頬を撫でる。
昨日、緋乃とまともに話したばかりなのに、不思議とずいぶん前の出来事のように感じた。
学校へ向かう途中も、教室でも、特に変わったことはなく過ぎ去っていった。
一時間目。
二時間目。
昼休み。
午後の授業。
平和すぎるほど平和な一日だった。
そして――放課後を告げるチャイムが鳴る。
「じゃあ今日も行こっか!」
青嶌さんが立ち上がる。
「今日は寄り道なし!」
珍しく黄瀬が先に宣言した。
「昨日、母ちゃんに『帰るの遅い!』って怒られたんだよ。」
「それは自業自得じゃん。」
教室に笑いが広がる。
俺たちはいつものように神白さんを屋敷まで送ろうとした。
しかし神白さんは、どこか申し訳なさそうな表情で口を開く。
「今日は父がお迎えに来ていて……そのまま食事へ行くことになっています。」
少しだけ寂しそうにも見えるその表情に、俺は思わず笑ってしまう。
「じゃあ今日は校門までだね。」
「はい。」
四人で他愛もない話をしながら校門へ向かう。
校門の向かいには、ひと目で高級車と分かる黒いセダンが停まっていた。
神白さんは乗り込む前に振り返る。
「今日も、とても楽しかったです。」
「また明日、学校で。」
「また明日。」
小さく手を振ると、神白さんは車へ乗り込み、静かに走り去っていった。
俺たちも校門を出ようとした、その時だった。
見覚えのある後ろ姿が目に入る。
緋乃だ。
その少し離れた場所には、昨日路地裏で見た男たちが三人立っていた。
男の一人が緋乃へ歩み寄る。
「よう、チャンピオン。」
「昨日の続き、しようぜ。」
緋乃は面倒くさそうに息を吐く。
「……またお前らか。」
男たちは薄ら笑いを浮かべた。
「まぁ、お礼参りってやつ?」
「逃がさねぇからな。」
三人は緋乃を囲むように立つ。
緋乃は校門へ視線を向けた。
帰宅する生徒。
部活動へ向かう生徒。
教師の姿もある。
「……ここじゃ迷惑だ。」
そう呟くと、人気のない方へ歩き始めた。
男たちは顔を見合わせて笑い、その後を追う。
その背中を見送りながら、俺は足を止める。
放っておけばいい。
昨日知り合ったばかりの相手だ。
それでも――嫌な予感が胸をよぎった。
「お、おい……。」
黄瀬が俺を見る。
「まさか、一人で行く気か?」
「ああ。」
「嫌な予感がする。」
「少し様子を見てくる。」
すると青嶌さんが、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で囁いた。
「……これから喧嘩になりますよ。」
「私は素性を隠していますから、手は貸せません。」
そう言ったかと思えば、すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「うんうん、男の子だねぇ~。」
「行くなら止めないけど、ケガだけはしちゃダメだからね!」
ひらひらと手を振る青嶌さん。
俺と黄瀬は顔を見合わせ、小さく頷くと、気付かれないよう距離を取りながら後を追った。
辿り着いたのは、人の気配がほとんどない工場跡地だった。
緋乃が足を止める。
その瞬間――
「出てこいよ、他にもいるんだろ?」
緋乃は声を上げた。
すると、工場の陰。
錆びたコンテナの裏。
物陰から次々と人影が姿を現す。
一人。
二人。
三人――。
気付けば十人近い男たちが、緋乃と対峙していた
「……やっぱりか。」
俺は静かに拳を握り締めた。




