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ホームルームが終わり、午前の授業はあっという間に過ぎていった。
昼休みを告げるチャイムが校舎に響く。
「よーし!」
青嶌さんが勢いよく立ち上がった。
「今日は購買の日!」
「限定の焼きそばパン、絶対ゲットする!」
「またか。」
黄瀬が呆れたように笑う。
「今日も負けない!」
そう言い残すと、青嶌さんは教室を飛び出していった。
「相変わらず元気だな。」
「私たちも行きましょうか。」
神白さんに促され、俺たちもゆっくり購買へ向かう。
購買前の廊下は、すでに戦場だった。
「焼きそばパンまだあるぞ!」
「クリームパン一つ!」
「あっ、押すなって!」
生徒たちが所狭しと集まり、パンを求めて列を作っている。
その一番前では――
「今だぁ!」
青嶌さんが人の流れのわずかな隙を見つけ、するりと前へ飛び込もうとした。
……その瞬間だった。
シュッ。
一つの影が、青嶌さんよりも早く、その隙へ滑り込む。
「シュッ。」
そいつは身長175cmほどで無駄のない引き締まった体つき、制服越しでも鍛えられているのが分かる。緋色に染めた髪はサイドをツーブロックに刈り上げ、前髪は自然に上げたアップバングをしていた。
「えっ――」
青嶌さんは勢いを止めきれず、その背中へ軽くぶつかった。
「あいたっ。」
体勢を崩し、そのまま尻もちをつく。
「悪い。」
低く落ち着いた声。
振り返った男子生徒が、すぐに手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「あ……う、うん。」
青嶌さんはその手を借りて立ち上がる。
男子生徒は軽く頭を下げると、そのまま何事もなかったようにパンを手に取り、レジへ向かって歩いていった。
青嶌さんは、その後ろ姿をじっと見つめたまま動かない。
「どうしたの?」
俺が声を掛けると、青嶌さんは我に返った。
「いや……。」
「今の隙、見えた?」
「え?」
「私"今だ!"って思って動いたの。」
「でも……。」
「私より一歩早かった。」
その声には、驚きが滲んでいた。
「しかも、私が動き出したことにも気付いてなかったみたい。」
「自然に動いただけって感じだった。」
俺も思わず、その男子生徒の背中へ視線を向ける。
無駄のない歩き方。
どこか重心が低く、歩いているだけなのに隙がない。
「あの人、誰?」
すると、隣にいた黄瀬が当然のように答えた。
「あぁ、知らない?」
「あれ、隣のクラスの緋乃栄雅。」
「全日本ジュニアチャンピオンクラシック――通称JCC六十キロ級王者。」
「ボクシングのスポーツ推薦で入学した、有名人だよ。」
「ボクシング……。」
俺はもう一度、その背中を見る。
ちょうどその時だった。
緋乃がパンを受け取ると、こちらへ振り返った。
一瞬だけ、視線が合う。
「…………。」
それだけ。
何も言わずに歩き去っていく。
「……なんか見られてた。」
思わず漏らした俺の呟きに、黄瀬が笑う。
「あいつ、めちゃくちゃ強いらしいぜ。」
俺はその背中が見えなくなるまで、なんとなく目で追っていた。
いつもの場所で昼食を取り、いつものように午後の授業を終える。
気が付けば窓の外は夕焼けに染まり、放課後を知らせるチャイムが校舎中へ響いた。
「さてさて。」
青嶌さんが大きく伸びをする。
「今日はどこ寄り道していこっか!」
「昨日クレープ食べたばっかりだろ。」
黄瀬が苦笑する。
「じゃあ今日は商店街ぶらぶら!」
「異議なし!」
「神白さんは?」
「私は皆さんにお任せします。」
「決まり!」
四人は笑いながら昇降口へ向かった。
商店街へ向かう途中。
「ごめんすぐそこで、飲み物買ってくる。」
「じゃあ俺も行く!」
黄瀬も一緒についてくる。
「そこで待ってて!」
「はーい。」
神白さんと青嶌さんは人通りの多いバス停の前で待っててもらうことにした。
俺たちは自販機で飲み物を買い、戻ろうとした。
その時だった。
「……っ。」
路地裏の方から鈍い音が聞こえる。
ドサッ。
続いて、小さな呻き声。
俺は思わず足を止めた。
「どうした?」
「……何か聞こえた。」
黄瀬も耳を澄ませる。
「気のせいじゃない?」
「ちょっと見てくる。」
「お、おい!」
俺は一人、細い路地へ足を踏み入れた。
そこには。
三人の男が地面へ倒れていた。
制服ではない。
どこか柄の悪い連中だ。
壁際では、本校の制服を着た男子生徒が鞄を抱え、震えている。
そして。
その前に立っていたのは。
昼間、購買で見掛けた男子。
緋乃栄雅だった。
「……。」
緋乃がゆっくりこちらを振り返る。
鋭い目。
さっき学校で見た時とは、まるで別人だった。
「一人増えたか。」
低い声。
「お前も仲間か。」
「は?」
「その目。」
「普通の学生じゃねぇ。」
言い終わるより早く。
一歩。
いや。
踏み込みと同時に拳が飛んできた。
「っ!」
反射的に身体が動く。
拳を紙一重でかわす。
(速い……!)
昼間感じた違和感。
あれは間違いじゃなかった。
「避けた?」
緋乃の目が細くなる。
「やっぱりな。」
「お前――こいつらの仲間だろ。」
俺も距離を取る。
「いや、だから何なんだよ!」
訳が分からない。
いきなり殴り掛かられて黙っている理由もない。
互いに構えた、その瞬間。
「待った待った待った!」
黄瀬が慌てて路地へ飛び込んできた。
「ちょっと何やってんの二人とも!」
その後ろから神白さんと青嶌さんも駆け込んでくる。
『「黒鉄くん!」』
緋乃は三人を見ると、構えをゆっくり解いた。
「……知り合いか。」
黄瀬が息を切らしながら頷く。
「当たり前だろ!」
「同じクラスだ!」
「ん?ん?」
今度は緋乃が驚いた顔をした。
壁際の男子生徒が震えながら口を開く。
「あの…この人は……関係ありません。」
「ち、ちなみに緋乃くんは、僕を助けてくれたんです。」
「この人たちに、お金を取られそうになって……。」
緋乃は後頭部を掻く。
「……悪い。」
「勘違いした。」
「仲間が来たのかと思った。」
俺はようやく息を吐いた。
「こっちも訳分かんなかったよ。」
一瞬の沈黙。
すると青嶌さんが吹き出した。
「ふふっ。」
「二人とも、第一印象最悪だね。」
その一言で、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。




