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2章の最後になります。
中庭のハナミズキの木陰にあるベンチへ腰を下ろす。
心地よい風が吹き抜ける中、俺たちはそれぞれ弁当を広げ始めた。
「昨日も思ったけどさ。」
黄瀬が俺の弁当を覗き込みながら声を上げる。
「朝陽の弁当、めっちゃ美味そうだよな。」
そう言って、自分の手元にあるコンビニのおにぎりと見比べる。
「そうか?」
平然と返す。
でも、心の中では少しだけ照れくさかった。
毎朝早起きして作ってくれる母さんの弁当だ。
自分のことより、母さんの料理を褒められた気がして、なんだか嬉しい。
「俺なんか毎日コンビニだぜ?」
黄瀬がため息をつく。
「朝陽のお母さん、料理うまそうで羨ましい。」
「まあ、確かに母さんの料理は美味いけど。」
そんな話をしていると、隣から小さな声が聞こえた。
「私も……。」
神白さんは俺の弁当を見つめながら、少し羨ましそうに微笑む。
「そんなお弁当を作れるように、もっと頑張らないと。」
その言葉に目を向ける。
神白さんの弁当は、小ぶりな二段の弁当箱だった。
彩りよく盛り付けられた卵焼きに煮物、色鮮やかな野菜。
一つ一つが丁寧に詰められていて、見た目だけでもかなり美味しそうだ。
「もしかして……。」
俺は弁当と神白さんを交互に見た。
「これ、自分で作ってるの?」
神白さんは少し照れたように頷く。
「はい。」
「まだ勉強中ですが……。」
「え、マジ?」
黄瀬が身を乗り出す。
「これ全部!?」
「はい。」
「すげぇ……。」
黄瀬が感心したように弁当を見つめる。
俺も正直驚いた。
(これを神白さんが……。)
豪邸のお嬢様だから、料理なんて使用人が作るものだと思っていた。
俺の視線に気付いた神白さんは、少し恥ずかしそうに笑う。
「祖父から、『一人でも生きていけるようになりなさい』と言われておりますので。」
その笑顔を見て、俺は思わず感心してしまった。
すると青嶌さんが「ねぇねぇ、みんなの家の卵焼きって何派?」
青嶌さんが俺の弁当を見ながら興味津々といった様子で尋ねた。
「うちは塩かな!」
言い出しっぺの青嶌さんが真っ先に答える。
「俺んちは砂糖と醤油。」
続いて黄瀬が答えた。
「私の家は……白だしだと思います。」
神白さんも少し考えながら答える。
同じ卵焼きでも、家庭によって味付けが違う。
そういうところが、料理の面白いところなのかもしれない。
「じゃあ最後は朝陽だね!」
青嶌さんが俺の弁当を覗き込み、返事を待つことなく卵焼きをひょいっと箸でつまみ上げた。
「いただきまーす!」
そのままぱくり。
しばらく味わうように咀嚼すると、目を輝かせた。
「おいしー!」
「ふわっふわ! めっちゃふわっふわ!」
どうやら母さんの卵焼きは大好評らしい。
……ただ。
「で?」
「うちの味付け、分かった?」
そう聞くと、青嶌さんは腕を組み、うーんと首を傾げる。
「愛だね。」
「それも息子を思う、お母さんの愛。」
「いや、味付け。」
思わずツッコミを入れる。
どう考えても、最初から味を当てる気なんてなかっただろ。
「正解はマヨネーズ。」
「あー!」
青嶌さんが手を叩く。
「だからあんなにまろやかだったんだ!」
今さら気付いたように何度も頷いている。
その隣では、神白さんが卵焼きをじっと見つめていた。
「マヨネーズの卵焼き……。」
「食べたこと、ありません。」
どこか興味深そうな表情だった。
俺は弁当に残っていた最後の卵焼きを箸でつまむ。
「よかったら。」
そう言って、神白さんの方へ差し出した。
「えっ……。」
神白さんの動きが止まる。
卵焼きと俺の顔を何度か見比べ、頬が少しずつ赤くなっていく。
「ど、どうしたの?」
「い、いえ……。」
神白さんはどこか落ち着かない様子で視線を泳がせた。
「その……。」
言葉を探すように口を開いては閉じる。
すると。
「……あ。」
青嶌さんが何かに気付いたような顔をした。
その瞬間。
「はいはい!」
黄瀬が俺の肩を掴んだ。
「朝陽、お前それ無意識?」
「え?」
「普通、そのまま食べさせようとしないから。」
言われて初めて気付く。
「あ……。」
確かに。
箸の先には俺がつまんだ卵焼き。
そのまま神白さんの口元まで運んでしまっていた。
「ご、ごめん!」
慌てて箸を引っ込めようとすると――
「い、いえ!」
神白さんが慌てて首を振った。
「その……。」
少しだけ勇気を振り絞るように目を閉じる。
「いただきます。」
小さく口を開け、卵焼きを口にした。
もぐもぐ、と静かに噛みしめる。
やがて、ふっと表情が柔らかくなった。
「……美味しいです。」
「すごく優しい味がします。」
その笑顔を見て、思わず安心する。
「卵焼きに入れると、こんな味になるんですね。」
「初めて知りました。」
神白さんはどこか感心したように頷いた。
その横で、
「いいなぁ……。」
青嶌さんがじーっと俺の弁当を見つめる。
「朝陽のお母さん、今度レシピ教えてもらえないかな。」
「母さんに聞いとくよ。」
そう答えると、青嶌さんは「やった!」と子どものように笑った。
そんな他愛もない会話をしながら、四人で昼食を食べ進めていく。
笑い声が絶えることはなく、時間はあっという間に過ぎていった。
やがて――。
キーンコーン、カーンコーン。
昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎に響く。
「もう終わりかぁ。」
青嶌さんが名残惜しそうに立ち上がる。
「午後も頑張ろ!」
「おう。」
俺たちは弁当箱を片付け、中庭をあとにした。
教室へ戻る途中、神白さんはペットボトルを大切そうに抱えながら、小さく微笑んでいた。
その穏やかな横顔を見て、ふと思う。
こんな何気ない時間が、ずっと続けばいいと……。




