13
屋上での話を終え、二人は階段を下りていた。
先ほどまでの張り詰めた空気はなく、足音だけが静かな校舎に響く。
数段下りたところで、青嶌さんがふっと息を吐いた。
「……さて。」
その一言とともに、肩の力を抜く。
前髪を軽く整え、頬をぽんと両手で叩いた。
「よしっ!」
「どうしたの?」
青嶌はニヤッと笑った。
「お仕事モード、終了!」
「ここからは普通の女子高生だから!」
そう言った瞬間だった。
青嶌は階段を駆け下りるように軽やかな足取りになり、
「急がなきゃー! 授業始まっちゃう!」
さっきまでの敬語も落ち着いた口調も、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
(……本当に切り替えが早い。)
俺は思わず苦笑する。
教室の前まで来ると、青嶌さんは勢いよく扉を開けた。
「おっはよー!」
教室中の視線が集まる。
「遅かったじゃーん!」
黄瀬が手を振る。
「ごめんごめん! ちょっと黒鉄くんと話してた!」
「何の話?」
「ひ・み・つ!」
青嶌は人差し指を口元へ当て、いたずらっぽく笑う。
「えー! 気になる!」
黄瀬が騒ぐ横で、神白さんは静かに俺へと目を向けた。
「黒鉄くん、おはようございます。」
「うん、おはよう。」
何気ない一言。
それだけなのに、どこか自然だった。
その時、始業のチャイムが校舎に鳴り響く。
「席につけー。」
教師が教室へ入ってくる。
四人はそれぞれ自分の席へ戻った。
授業が始まり、教室にはチョークの音だけが響く。
神白さんはノートを取っていたが、不意に手元の消しゴムが机から転がり落ちた。
「あ……。」
コロコロと床を転がる。
その消しゴムを、俺は何気なく拾い上げ。
「はい。」
「ありがとうございます。」
神白が受け取ろうと手を伸ばした、その時。
指先が、ほんの少しだけ触れた。
「……っ。」
神白は一瞬だけ肩を震わせる。
朝陽は気付く様子も無く、黒板へと視線を戻た。
(……。)
神白はそっと自分の指先を見る。
胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
(どうしてでしょう……。)
嫌ではない。
けれど、初めて感じる不思議な感覚だった。
「神白。」
「は、はい!」
先生に名前を呼ばれ、慌てて立ち上がる。
「今の説明、分かったか?」
「え、あ、その……。」
教室からクスクスと笑い声が漏れる。
「すみません……。」
神白は恥ずかしそうに座り直した。
それを見た青嶌は小さく笑う。
(伊吹様……今日は少しだけ、楽しそうですね。)
誰にも気付かれないように、静かに微笑んだ。




