表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
護衛対象は、お嬢様でした。
PR
20/72

12

翌朝。

いつも通り教室へ入ると、まだ教室には数人しか登校していなかった。

黄瀬の姿も、神白さんの姿もない。

窓際の自分の席へ荷物を置き、一息ついた、その時だった。

「黒鉄くん。」

聞き慣れた声に振り返る。

青嶌羽唯だった。

昨日までと変わらない制服姿。

だが、教室で見せる明るい笑顔ではない。

護衛としての、落ち着いた表情だった。

「少し、お時間をいただけますか。」

「うん。」

俺は小さく頷く。

二人で教室を出ると、そのまま階段を上り始めた。

向かった先は屋上だった。

重たい鉄扉を開く。

朝の風が頬を撫でた。

開放感のある空が広がる一方、屋上全体は高いフェンスで囲まれている。

事故防止のためだろう。

フェンスの上部は内側へ大きく反り返り、人が簡単に乗り越えられない造りになっていた。

街並みを見下ろせるその場所には、まだ誰の姿もない。

青嶌さんは周囲を確認すると、一枚の書類を差し出した。


「こちらが最終確認になります。」

受け取ると、それは神白家との雇用契約書だった。

「昨夜、父からお話は聞いています。」

「ですが、正式に契約する前に、もう一度だけ確認させてください。」

真っ直ぐ俺を見る。

「黒鉄朝陽さん。」

「あなたは、ご自身の意思で神白家の護衛を引き受けますか。」

俺は契約書へ目を落とす。

昨夜、何度も考えた。

母さんのこと。

夕奈のこと。

そして――神白さんの笑顔。

答えは決まっていた。

「はい。」

迷いなく答える。

青嶌さんは小さく頷いた。

「ありがとうございます。」

「では、仕事内容の説明を…」と付け加え、青嶌さんは淡々と説明を始めた。

「伊吹様は毎朝、神白会長――宗一郎様の送迎で登校されます。」

「そのため、登校時の護衛は必要ありません。」

「あなたにお願いしたいのは、学園内、そして下校時です。」

「学校では一人の生徒として過ごしながら、不審な人物や異変に気を配ること。」

「そして下校時は、伊吹様が無事にご自宅へ到着するまで見届けていただきます。」

「それが、あなたの主な任務です。」

青嶌さんは一度言葉を区切る。

「当然ですが、常に付き添う必要はありません。」

「伊吹様に護衛だと悟られず、これまで通り"友人"として接してください。」

「異変があった時だけ、護衛として動いていただければ結構です。」

一通り聞き終わり、俺は契約書へ署名を記入する。

ペンを置いたところで、前から気になっていたことを口にした。

「一つ、聞いてもいい?」

「何でしょう。」

「青嶌さんは……。」

「最初から護衛として、この学校へ来たの?」

一瞬だけ風が吹く。

青嶌さんはフェンスの向こうへ視線を向け、小さく息を吐いた。

「……はい。」

その答えは、あまりにもあっさりしていた。

「青嶌家は、代々神白家に仕える護衛の一族です。」

「祖父も、父も、そのまた祖父も。」

「私も物心ついた頃から、護衛になることを前提に育てられました。」

少しだけ寂しそうに笑う。

「護身術や武術はもちろん、礼儀作法、危機管理、情報収集。」

「学校へ通いながらも、それが私の日常でした。」

「……責任と危険が隣り合わせなんだろ。」

俺は契約書を閉じながら言った。

「大変な仕事だね。」

青嶌さんは少しだけ空を見上げ、小さく笑った。

「そうですね、誇らしくもありますが…」

「……でも、昔の私は嫌いでした。」

「え?」

俺はとっさに聞き返した。

「護衛になるための訓練が。」

青嶌さんは懐かしむように目を細めた。

「幼い頃から、毎日訓練でした。」

「武術、体術、礼儀作法、危機管理……。」

「今思えば普通だったのでしょうけど、当時の私には、とても厳しく感じました。」

少しだけ苦笑する。

「ある日、訓練が嫌になって抜け出したことがあるんです。」

「庭園の隅で、一人泣いていました。」

「その時でした。」

青嶌さんの声が少しだけ柔らかくなる。

「伊吹様はお忘れだと思いますが、私と伊吹様が初めて出会ったのは。」

俺は静かに耳を傾けた。

「伊吹様は、泣いている私を見つけると近寄ってきて。」

『どうしたの?』

「そう聞いてくださいました。」

「私は泣きながら話しました。」

『悪い人から誰かを守るために練習してる。』

『でも……練習がつらくて、もう嫌なの。』

「すると伊吹様は、少し考えてから背負っていた小さなリュックを開けたんです。」

「中から、一冊の絵本を取り出しました。」

「女騎士が主人公のお話でした。」

「たくさん傷付きながらも強くなって、最後には悪い人から国の人たちを守る物語です。」

青嶌さんは自然と微笑んだ。

「読み終わると、伊吹様は目を輝かせながら私に言いました。」

『あなたは、この主人公みたいだね!』

『かっこいい!』

『すごいね!』

『みんなを守るんでしょ?』

『すてき!』

「……何度も、何度も褒めてくださいました。」

「その言葉が、とても嬉しかったんです。」

「護衛になることが、初めて誇らしいと思えました。」

朝の風が静かに吹き抜ける。

「そこへ、父と神白会長がお迎えに来られました。」

「伊吹様は手を振りながら帰っていきました。」

少し間を置いて、青嶌さんは続ける。

「その後、父が伊吹様の後ろ姿を見ながら、私にこう言ったんです。」

『将来、あのお方を守るのはお前だ。』

「その言葉を聞いた時、不思議と嫌だった訓練が苦じゃなくなりました。」

「伊吹様を守るためなら、どんな訓練でも頑張れる。」

「そう思えたんです。」

青嶌さんは校庭を見下ろした。

グラウンドでは朝練をする生徒たちの声が聞こえる。

「だからこそ。」

「私は伊吹様に、この学校で笑っていてほしい。」

「普通の友達と笑って、寄り道をして、青春を楽しんでいただきたい。」

「それが、伊吹様がずっと望んでいた高校生活ですから。」

俺は昨日の帰り道を思い出す。

クレープ屋を見つめていた神白。

焼きそばパンで笑っていた白。

「だから私は、学校では明るく振る舞っています。」

「護衛の青嶌羽唯ではなく、一人の高校生として。」

青嶌さんは柔らかな笑顔を浮かべた。

「……それが、私にできる一番の護衛だと思っています。」

「ですから…どうか黒鉄くんも伊吹様とは普通の御学友として接してください。」


「……分ったよ。」

俺は静かに頷いた。

「これまで通り、一人の友達として神白さんと接するよ。」

その言葉を聞いた青嶌はふっと頬を緩める。

それは教室で見せる笑顔でも、護衛としての表情でもない。

心の底から安堵したような、自然な笑顔だった。

「……ありがとうございます。」

その笑顔を見て、俺も自然と肩の力が抜ける。

朝の風が屋上を吹き抜けた。

青空の下、俺たちは静かに屋上を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ